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9).私の大事な、

夕暮れの空は、だんだんと紅く濃く染まっていく。
遮るものの何もない草原は、容赦なく吹き付ける風で少し寒い。
けれど、そんな多少の寒さなど、夢中で走り回る子供たちには関係ないようで。
「にぃちゃーん!こっちだよー!」
「こらっまて!バカ弟!」
顔を夕日と同じ色に染めて、小さな兄弟は楽しそうにはしゃいでいる。
そんな微笑ましい光景を離れた所で見守るのは、兄弟の保護者二人。
「ああもう、めっちゃかわええなぁ~!ホンマ食べちゃいたいくらいや~」
「・・・貴方が言うと冗談に聞こえませんよ、スペイン」
鼻息荒くうっとりと子供たちを見つめるスペインに、隣に立つオーストリアの態度は冷ややかだった。
確かに、スペインの子供を愛でる目線は少々度を過ぎている。
けれど、あんなにも小さくてかわいくてふわふわしている生き物が二人でじゃれあっているところを見て、誰が平静でいられるだろう、いやいられまい。
スペインは心の中でそう結論づけて、隣からの冷たい視線は気にしないことにした。
「イタちゃんかわええなぁ。なぁ、やっぱイタちゃん俺にくれへ」
「だめです」
何度目かのスペインの要求は、やはり、すげなく却下される。
わかってはいたが、悲しい。
とほほ、と兄弟の方を見てみれば、なにやら二人して転んでしまったようで。
顔を真っ赤にしてわめく兄と泣きべそをかいて謝る弟の姿が目に入ってきた。
「あーあーもうロマーノまたあいつはー」
保護者として目も当てられない光景にスペインは頭を抱える。
おろおろと謝り続ける弟は、今にも涙をこぼしそうだ。
「イタちゃんごめんなぁ・・・あの素直さが半分でもロマーノにあったらよかってんけど」
ホンマ、ロマーノわがままやし、掃除も洗濯もなーんもできへんし、ていうかしようとせぇへんし、あいつ俺の子分だってわかってへんやろか、あーもうホンマあいつはー。
ぶつぶつと続くスペインの愚痴を、オーストリアは黙って聞いていた。
そして、スペインがはぁっと深いため息を吐いたところで、おもむろに口を開く。
「それでは、ロマーノを私の所にひきとりましょうか?」
「・・・はぁ?」
思ってもみない提案に、スペインは思わず間の抜けた声を漏らした。
慌てて振り返ったスペインの視線を気にすることもなく、オーストリアは淡々と言葉を続ける。
「もともと私があなたに預けた子ですし、貴方の手に余るようなら仕方ないでしょう。ああ、でも私の所にきたなら反抗なんて絶対に許しませんよ」
徹底的にしつけをしなおさせてもらいます、と付け加えて、オーストリアはスペインに向けてにっこりと笑った。
いや、とか、ちょいまちと慌てふためくスペインに、オーストリアはただ笑むばかりで答えない。
さぁどうします、と無言の威圧感で選択を迫られたスペインは、一瞬ぐっと詰まった。
けれど。
「・・・離さへんよ」
「そうですか」
「あいつあれでもかわいいとこあるし!なんてったって俺はあいつの親分やし!」
「そうですか」
「親分が子分見捨てるなんてありえへんからなー」
「そうですか」
「・・・自分、性格悪いわー・・・」
ひとしきり大きな声で宣言した後、スペインは力なくその場にへたりこんだ。
そんなスペインの様子を横目に、オーストリアはくすくすと笑っている。
「大事にしてくれているようで何よりですよ」
してやられた思いで頭を掻きながら、子供たちへと視線を戻す。
いつの間にか、毛布を持ったハンガリーが二人の元へと向かっていた。
ばさり、とそれで二人を包み込む。
一まとめに抱きしめられた兄弟は、きゃあきゃあと騒ぎながら楽しそうに笑っていて。
かわええなぁ、とスペインは口元をにやにやと緩ませて、ふと隣に立つ男へと向き直った。
同じように子供たちを見つめているオーストリア。
その表情は、いつもの厳しい顔が嘘のように、優しく穏やかで。
「・・・ははっ」
オーストリアに気づかれないようにスペインは小さく笑った。
(大事に思っとるのは自分も同じやないか)
おそらく無自覚にやわらかな表情を浮かべるオーストリアに心の中で言う。
日はすっかりかげり、空気は夜の気配が濃い。
近づいてくる子供たちのはしゃいだ声を聞きながら、スペインは一人暖かな気持ちで隣に立つ男を見ていた。



07/10/31