10).音楽を何より愛してる
「オ、オーストリア、何か欲しいものはあるか・・・ッ!?」
「はぁ?」
ドイツの突然の質問に、オーストリアは思わず間抜けな声を出した。
質問自体は取り立てておかしな内容でもない。
しかし、今は夕食の最中で、オーストリアは自信作の牛の煮込みへと意識を集中させていたし、何よりあまりにも意気込みの過ぎるドイツの固い表情に呆気にとられてしまった、のである。
ひとまず、宙に浮いたままのナイフとフォークを皿に下ろす。
ドイツの変に威圧感に満ちた視線を受けながらも、オーストリアの動作はゆっくりと優雅だった。
「欲しいもの、ですか?」
「あ、ああ!」
オーストリアの確認に、ドイツはやはりどこか焦ったように答えた。
おかしい。
この元家主が、挙動不審な態度をとるのは意外と珍しいことではない。
生来の真面目すぎる性格故に、一人で空回っておかしな方向へと突き進むのはよくあることだ。
さて、今回は一体何なのだろう、とオーストリアはじっとドイツを見た。
ドイツ本人が知れば、人のことを言えないだろう!と激しく怒りだしそうな内容ではある。
しかし、幸いにもオーストリアはそれを口には出さなかったので、穏やかな夕食の時が破られる事態は避けられた。
「別に今は取り立ててないですけれど」
「いや!何かあるだろう!?」
冷静に返すオーストリアに、やはり慌てて問い詰めるドイツ。
ますますおかしい、と眉間に皺をよせた所で、オーストリアははた、と気がついた。
(そう言えば、私もうすぐ誕生日でしたね・・・)
十月二十六日。
正確に言えば、オーストリアの建国記念日である。
二度目の大戦の後、十年にわたる占領軍による統治から解放された日だ。
「楽器や楽譜はどうだ?何ならうちの作曲家に新しく描かせても」
わたわたとあわてて提案してくるドイツの顔は、普段の鉄面皮からは考えられない必死さで。
それを見て、オーストリアは思わずふっと笑いだしてしまった。
「・・・なんだ?」
「いえ、ふふ、なんでもないです」
くすくすと笑い続けるオーストリアに、ドイツは少し憮然とする。
それがまた笑いのツボを刺激するようで、なかなか笑い止むことができなかった。
「・・・はぁ。確かに私は音楽が好きですよ」
笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら、オーストリアはゆっくりと口を開く。
真剣な顔でこちらを見るドイツと目があって、また笑いがこみ上げそうになるのを必死でこらえた。
「音楽に限らず、絵画をはじめとしたあらゆる芸術、自然の草花、この世にある美しいもの全てを愛しています」
「なら・・・」
「今、私はそれら愛しいものに囲まれて生活しています。だから、何も足りないものなんてないんです」
部屋を飾る美しい絵画、いつでも好きなときに触れられるピアノ、ゆったりとしたお茶の時間、美味しいディナー。
そして、何より、こうして誕生日を祝ってくれる人の存在。
「貴方のその気持ちだけで十分嬉しいですよ」
その言葉を受けて、ドイツは一瞬ぽかんと呆ける。
そして、遅れてかぁぁぁっと顔を赤く染めた。
「・・・・・何故気づいたんだ」
「バレバレですよ、お馬鹿さん」
くすくすと笑うオーストリアに、ドイツが頭を抱えてうなだれる。
腕の隙間から覗く耳にまで、すっかり血が上ってしまっているのが見えた。
「ドイツ」
「・・・・・なんだ」
「ありがとうございます」
そんなに恥ずかしがることでもないだろうに、ドイツは顔を上げずに力なく答える。
そんなドイツに苦笑しながら、不思議に満たされた気持ちで、オーストリアは心から感謝の言葉を述べた。
「まあ、でもくれるというならもらいますけれどね」(しれっと)
「お前・・・・・」