8).その後の話
「まったく・・・散々な目にあったな・・・」
はぁぁぁっと、長く長く息を吐いて、ドイツは重力に後押しされるままうなだれた。
硬すぎず柔らかすぎず、ほどよい座り心地の椅子は気に入りのものだ。
しかし、今はその心地よさを感じる余裕もなく、重い体を投げ出すように預けている。
手には一冊の本。
ヴァレンティーノの一連の騒動は、この本から始まったとも言える。
「『相手の考えのわかる本』か・・・」
今思えば、この本は「イタリアは友達として自分を好きだ」という正しい答えをドイツに導かせてくれていた。
まあ、イタリアの予測不可能な行動と、ドイツの真面目すぎる思考によって、事態は迷走してしまうことにはなったが。
大混乱の数日間を思い出して痛む頭を押さえつつ、ドイツはおもむろに表紙をめくった。
ぱらぱらとページを流し読みする。
本の前半は相手の出身地による分析で、見知った国名がつらつらと続いていく。
「・・・ん?」
ふと、目に入った国名にページをめくる手が止まった。
今現在、保護下におくという名目で、ドイツの家にいる同居人。
居候でありながら、なぜか家主の自分よりも悠々と暮らしているオーストリアである。
相手がオーストリア人の場合
のんびり優雅な貴族気質です。
どこか抜けている部分も多いです。
しかし、プライドが高いので、からかうと怒ります。
的確な批評に、確かになとドイツは苦笑した。
秩序だった美しい生活を愛しながらも、その本質はのんびり、適当、悪く言えばいい加減。
意外に不器用でありながら、失敗を認めようとせず、こちらからすれば不条理とも言える行動にでる。
本人にしてみれば全て筋が通っているのだろうが、とドイツは諦めのため息を吐いた。
そのあたりはもう、これまで付き合いの中で身にしみている。
自国の文化を愛しています。
これも、言われずともわかりきったことだろう。
伝統のある音楽、芸術、食文化、どれもオーストリアを構成する大きな要素だ。
ワルツを踊るのは常識です。
「ぐっ・・・!」
思わぬ文字の出現に、ドイツは思わずうめいた。
ワルツと言えば、華やかな社交界で異性が手を取り合って踊るもの。
堅物で仕事一筋のドイツは、ワルツに限らずダンス一般が苦手である。
踊れないというわけでもないが、それでもできれば遠慮したい事柄のひとつだった。
なにかしら楽器が弾ければなおいいでしょう。
「が、楽器・・・」
連続する無理な注文に、ドイツの眉間のしわがどんどんと深くなっていく。
「そんなに本を近づけていたら目を悪くしますよ」
唐突に聞こえた声に、ドイツは思わずびくりと身体を震わせた。
本にかじりつくように、真剣に文字を追っていたドイツは、後ろから迫る気配に気づかなかったのだ。
慌てて振り返ると、出入り口のすぐ近くに、今の今まで思い浮かべていた男の姿。
「オ、オーストリア・・・」
「何をそんなに慌てているんです?」
気恥ずかしさと後ろめたさで脂汗をかくドイツに、オーストリアは怪訝そうな顔。
「い、いや・・・」
素直にオーストリアのページを読んでいたと白状するか、それともごまかすか。
言葉を濁しながら、ドイツの視線は救いを求めるように、本へと戻っていく。
自分のペースを崩されるのが何より嫌いです。
飛び込んできた文字に、ドイツはガツンと頭を殴られたような気がした。
ぐるぐるぐるぐるとますます思考が迷走する。
「ドイツ?」
返事を返さず、難しい顔で考えにふけるドイツに、オーストリアはいらつきまじりに声をかけた。
それがさらにドイツに追い討ちをかける。
時には、あまり干渉しすぎないのも肝心です。
続いて目に入った一文が、ドイツの混乱に止めを刺した。
「いっいやっ!なんでもない!なんでもないから気にするな!!」
「・・・・・はぁ」
裏返った声で必死に否定するドイツ。
その必死さに、オーストリアは半ばあっけにとられた顔をして、それならいいですけれど・・・と呟く。
言葉とは裏腹に、その顔は納得いかない様子ではある。
しかし、わたわたと慌てるドイツにこれ以上の答えは期待できないと思ったのか、ふらりと背を向けてどこかへと歩き出した。
「・・・・・ふぅ」
オーストリアの姿が完全に見えなくなったのを確認して、ドイツは額の汗をぬぐった。
確かに、オーストリアはマイペースなところがある。
本の言う通り、過ぎた干渉はオーストリアの嫌うところだろう。
この本で、オーストリアのページを読んでいたと知ったら、機嫌を損ねるかもしれない。
危ないところだったな、とドイツは安堵の息を吐いた。
気を取り直して、続きを読もうと本を開く。
途中の行を探して、目を落としていったその時。
ちゅどーんっっ!!!
「な、なんだッッ!!?」
唐突な爆発音に、ドイツは思わず本を取り落とした。
漂ってくる物の焦げる匂いで、頭の中にまたかという文字が反射的に浮かぶ。
キッチンへと駆けつけてみれば、目の前に想像通りの光景が広がっていた。
「ああ、ドイツ。すみません少し騒がしかったですね」
「オーストリア・・・」
爆発を起こして黒こげ状態のコンロに、床に散らばる砕けた皿。
凄惨な光景広がるキッチンで、オーストリアは一人涼しい顔で立っている。
「おまえ、一体誰が片付けるんだと・・・ん?」
震える声音で、目の前で平然としている相手をなじろうとしたドイツの視線が、オーストリアの持つ皿へと引き寄せられた。
皿の上には、先ほどの爆発音から生まれたとは思えないほど、おいしそうに焼けたソーセージ。
よくよく見てみれば、テーブルの上にはドイツの好きな銘柄のビールも用意されていて。
「な、なんです・・・?」
ほんの少し、決まり悪そうな顔で、オーストリアが言う。
その顔を見返しながら、ドイツの頭には、先ほどの本の内容が浮かんでいた。
自分の場合は、いったいどうしろと書いてあったか―
思い至った答えに、なんだ、とドイツは肩の力が抜けるのを感じた。
どうやら自分はまた一人で勘違いをしていたらしい。
「いや、うまそうだな」
そう言って、ドイツはふっと口元を緩めた。
けれど、本質的には寂しがりやなので、かまってあげないと落ち込みます。
結局は、あなたらしく体当たりでつきあっていくのが吉でしょう。