7).「このお馬鹿!」

空は快晴。
抜けるような青空に、白い雲がひとつ。
と、思いきや、あの白い物体はどうやら雲ではないらしい。
ひらひらとたなびき、影をつくる、あれは。

「ハンガリー!!」
切迫した声音で呼ばれた自分の名に、ハンガリーはびくりと身体を震わせた。
拡散していた思考が、急速に戻ってくる。
「え・・・・きゃぁあああああっっ!!」
反転した視界、身体全体に感じる浮遊感に、ハンガリーは自らの状況を理解した。
落ちる。
落ちている。
手も足もでない現状と、落下の恐怖に、ぎゅっと目をつむる。
ドダダダダダッッと派手な音とともに、ハンガリーの全身を衝撃が襲った。
「・・・ったぁ・・・」
「・・・つぅ・・・」
自分のものとはまた別のうめき声に、ハンガリーはパッと目を開ける。
真っ先に目に入ったのは、自分の周りの地面に無残に散らばる洗濯物の山。
そして、見慣れた白いシャツと、嗅ぎ慣れた上品な香水の香り。
自分の身体を支えているのは、冷たい地面などではなく、暖かく柔らかい人の腕で。
「きゃぁああああッッ!!オーストリアさんッッ!!」
つんざくような悲鳴を上げて、ハンガリーはがばりと勢いよく起き上がる。
ハンガリーの下敷きといった格好で地面に倒れていたオーストリアを、急いで助け起こした。
「すみませんすみません大丈夫ですかしっかりしてください!!!!!」
ハンガリーは半ばパニック状態で、涙ぐみながら勢いよくまくし立てる。
「ハンガリー・・・」
「は、はい!!」
ハンガリーの助けを借りて、オーストリアはゆっくりと身体を起こした。
衝撃で歪んだ眼鏡をかけ直した顔には、小さな擦り傷がいくつも。
ハンガリーが蒼白な顔でまた謝り倒そうとしたのを、ふぅっと深いため息で制して。
「このお馬鹿!!!」
「は、はひ!!」
「あんなに洗濯物を持っていたら転ぶのも当たり前でしょう!女性が顔に傷でも作ったらどうする気ですか!!」
「・・・え」
「今回は私が気づいたからいいものを・・・いえ、結局一緒になって転んでしまったのだから、大して役に立ってはいませんね・・・」
「オーストリアさん・・・」
オーストリアに怪我をさせてしまったこと、あるいは、洗濯物を駄目にしてしまったことを叱られるものと思っていたハンガリーは、思わずぽかんと目の前の人を見つめてしまう。
オーストリアはそんなハンガリーに構わず、受け止め切れなかった自分の非力さに落ち込んでいるようで。
その様子に、ハンガリーは思わずぷっと噴出してしまった。
「・・・なんです」
「ふふ、いえ、あの、本当にすみませんでした・・・それと」
決まりの悪いむっとした顔でオーストリアが、ハンガリーを睨む。
不謹慎かもしれないが、そんなオーストリアの表情はどこかかわいらしいもので。
「ありがとうございます、オーストリアさん」
ハンガリーは押さえきれない笑みに口元を緩めながら、まっすぐにオーストリアを見つめて言った。



07/10/29