6).エーデルワイス

美しいものは好きだ、とドイツは思う。
絵画や音楽など、芸術と呼ばれるものを愛でる心を、人並みには持っている。
けれど。
「こちらの一帯はバラを主に植えています。オールド・ローズが多いですね。ほら、花形が優雅でしょう」
「うむ」
「・・・ドイツ、実際の花を前にその態度は無粋ではありませんか」
生返事を繰り返すドイツを、オーストリアはじとりとにらみつける。
突き刺さる冷たい視線に、ドイツは慌てて手に持った図鑑から目を離し非礼をわびた。
ここは、オーストリアの庭。
芸術をこよなく愛するこの屋敷の主人は、やはり庭作りにも力をいれているらしい。
客間から見えた庭の美しさを何の気なしに褒めたところ、それがいたくお気に召したようで。
庭の散策を提案した上、自ら解説役をかってでてくれた。
前述したが、ドイツ自身美しいものを見ることは好きだ。
遠目からでも立派な庭であったが、やはりこうして近くを歩いてみると、構成をきちんと考えてつくられていることがわかる。
興味深く庭の観賞をしていたドイツではあったが。
「どうにも、こう、癖のようなものでな・・・」
しどろもどろに言い訳するドイツの手には、分厚い植物図鑑。
オーストリアの解説を聞きながら、実際の植物よりも真剣に見ていたそれをようやく閉じた。
ワーカーホリックの気のあるドイツは、自ら土いじりをするような趣味は持っていない。
花に関する知識も薄いため、何か参考になればと図鑑を借りた。
そこまではよかったのだが、元来真面目すぎる嫌いのあるドイツは、花を観賞というよりすっかり学習する姿勢になってしまったのだ。
庭の美しさを見せたいオーストリアが機嫌を損ねるのも当然である。
「知識を持つのももちろん大切ですけれどね」
依然としてむすっとした顔で、オーストリアは言った。
すまなかった、と謝るドイツに、ふぅと一息ため息をついて、またゆっくりと歩き出す。
ドイツも今度は図鑑を閉じたまま、その後について歩き出した。
ぽつりぽつりと加えられる解説を聞きながら、周りの風景に目を落としていく。
「美しいものを見るときは、難しいことなんて考えなくていいんです。ただそこにあるだけで心を震わせる。それがそのものの価値なんですから」
図鑑のある状態とは違って、生態はおろかほとんどの花の名前すらドイツにはわからない。
しかし、なるほど、ひとつひとつの色や形、匂いに先ほどよりずっと敏感に感じられる気がした。
花の匂いに囲まれ、ゆったりとした気分でしばらく歩いていくと、ふと、見たことのある白に目がとまった。
ドイツにもこの花の名前はわかる。
薄く雪をかぶったような、小さなこの花の名前は。
「・・・エーデルワイス」
高貴な白、という意味のその名を小さく口にする。
オーストリア自身を象徴するその花は、名前の通り白く気高く美しい。
他に混じりやすい色だからこそ、その純粋さに一種憧憬のようなものさえ感じさせるのだろうか。
「どうしました?」
立ち止まったまま動かないでいたドイツに、オーストリアが声をかける。
声の主を振り返ると、見つめていた花の残像がその姿にぴたりと重なった。
美しく咲き誇る花々に囲まれ姿勢よく立つ姿は、ただ立っているだけでありながら、優雅とすら感じさせる。
「・・・美しいな」
不思議と満ち足りて静かに凪いだ心で、ドイツは自然とその言葉をつむいでいた。
その顔には、彼にしては珍しいほどひどく穏やかな笑み。
オーストリアは一瞬それに驚いた顔をしながら、満足げに微笑んで、当然ですと返した。



07/10/29