5).幼少時代の思い出

くるくるくるくる、スプーンで回した紅茶はゆっくりと弧を描く。
手に持ったカップの中で踊るそれを、イタリアはくぴりと小さく飲み込んだ。
「うん!おいしい!」
「そうですか」
イタリアの満面の笑みに、オーストリアは淡々と返す。
気の無いようにも見える相手の態度ではあるが、イタリアは気にしなかった。
態度には出ていなくても、おいしいお茶は歓迎の印。
もう一口、今度はごくりと飲み込んで、目だけを動かし部屋を見渡す。
ふかふかにしかれたカーペット、壁にかけられた絵画、一際存在感を放つ大きなグランドピアノ。
変わった部分も多いけれど、それでもゆったりと優美な雰囲気が流れる空間は、昔たくさんの国々と同居していたころから変わらない。
あのころのイタリアはオーストリアの家で召使いのようなことをやっていて、叱られたりとか、お腹がすいたりとか、悲しいこともたくさんあったけれど。
それでも、オーストリアやハンガリー、そしてあの子と過ごした日々は、ただただ辛いものではなかった、とイタリアは思う。
「ああ、ありました」
ぼんやりと、思い出に浸っていた思考を、静かな声が引き戻す。
戸棚から出した皿を持って、オーストリアがこちらへと歩いてきた。
皿の上には、鮮やかなベリーをふんだんに使ったトルテ。
「先ほどちょうど焼けたところです。貴方お好きだったでしょう?」
「きゃはー!おいしそう!」
諸手をあげる勢いで、イタリアは全身で喜びを表した。
鼻歌を口ずさみながら、わくわくと皿を受け取る。
いっただきまーす、とフォークを握って、ふと感じた既視感に一瞬動きが止まった。
何の変哲も無い、乳白色の小ぶりの皿。
けれど、それは昔々イタリアが使っていたものと同じようで。
「・・・・・」
「どうしました?」
食べようとしないイタリアに、オーストリアがいぶかしむ。
不思議そうなその顔からは、果たして覚えていたのか、それとも無意識か、判断はできない。
イタリアは、嬉しいような困ったような、何とも言えない気持ちで、えへへと笑った。
一口大に切ったトルテを口に運ぶ。
懐かしい甘い味が、口の中いっぱいに広がった。



07/10/29