2).眼鏡は外して
ふと、何かに呼ばれたような気がして、ドイツは顔を上げた。
機械的に追っていた文字から目を離すと、急に現実に引き戻されたような眩暈を感じる。
居間のソファーに腰をすえ、本を読み始めたのは正午過ぎ。
窓の外はと見てみれば、空は赤く染まり、部屋全体に暗い影が落ちていた。
これでは目も痛んで当然。
くらり、と鈍く痛む頭を軽く抑えていると、目の前に座る男の姿が目に入った。
まるでドイツの行動に倣うかのように、ついさっきまで読んでいただろう本から目を離し、額に手を当てている。
先ほどまで、同じ空間にいながら言葉を交わすこともなく、それぞれ好きなように読書に興じていた。
文字を追うことに没頭し、お互いが傍にいることさえ忘れていたのに。
無意識に同じ行動をとっていることに、ドイツは笑った。
「・・・・・なんです?」
頭が痛むのだろう、オーストリアはひどく不機嫌そうに眉根をよせている。
いや、といいながら笑うドイツに、ますます眉間にしわがよった。
「まったく、もうこんなに日が暮れてしまっているではないですか。こんな中、本を読んでいたら目が悪くなります。明かりをつけなさい」
自分も気づかず読んでいただろうに。
理不尽な貴族の要求に、しかし、ドイツは何も言わず腰を上げた。
文句を言うだけ無駄なのは、経験上知っている。
部屋全体に明かりを灯し、シャッと分厚いカーテンを閉める。
さて、と振り返ると、眼鏡を外し目元を押さえるオーストリアが目に入った。
一分の隙もないきっちりした着こなしや、貴族めいた物言いから、どこか仰々しい印象の抜けない男だが、こうしてみると案外に幼く見える。
普段の印象とは違うオーストリアの姿に、ドイツはしばし目を留めた。
「お前はそうしていると、大分印象が違うな」
ぽつりと、思わずこぼれ出たドイツの言葉に、オーストリアが顔を上げる。
言われた言葉を噛み砕くように、しばし思案の顔をして。
「貴方はこちらの方がお好みですか?」
「・・・・・は?」
「眼鏡はかけない方がいいですか、と聞いたのですが」
しごく真面目な顔で、淡々と尋ねてくるオーストリアに、ドイツは思わず固まった。
どちらが好みか、好みとは何だ、好感を持つか持たないかの問題か、いや、眼鏡をかけていようがかけていまいが俺には関係ない、しかし、話を振った手前その返事はどうだ、じゃあ、好きなのか、嫌いなのか、どっちなんだ!!!?
持ち前のクソ真面目さで、ドイツの思考はぐるぐると迷走した。
その間も、オーストリアはじっと答えを待っている。
そして。
「どっどちらのお前も好きだ!!!」
追い詰められたドイツがやっとの思いでひねり出した答えが、部屋中に響き渡った。
やりきった思いでドイツは息を吐く。
「・・・・・はぁ、そうですか」
「うむ」
しばしの沈黙の後、オーストリアの気の抜けた返事が返る。
事態をうまく切り抜けたことに満足げに頷くドイツは、その頬が赤く染まっていることに気づかなかった。