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どうしてあなたじゃなきゃいけないのか

珍しくアルビオールを降りて徒歩での移動中。
昼御飯をつくるための休憩時間に、ふっと一人離れていったルークに気がついてしまった。
髪を切る前の彼だったならよくあることだったけれど、今の彼は必ず何かしら手伝いをするようになっていたから。
何故だか妙に気になって、彼の後を追ってしまう。
「…ルーク?」
皆のいる場所から少し離れた草原に、こちらに背を向けて座り込んでいるルークを見つけた。
追ってきていたのに気づいていたのか、彼はゆっくりと振り返って微笑む。
「なぁティア、譜歌歌ってくれよ。」
「…え?」
唐突な要求に思わず面くらってしまった。
けれど、すぐにある可能性に思い当あたる。
自分が戦闘中に使っているユリアの譜歌の中には回復効果のあるものもある。
もしかして、先程までの戦闘でどこかに深手を負っていたのかしら、と。
しかし、心配そうなこちらの表情を見て、ルークは慌てて否定した。
「違う、違う!どっか怪我してるわけじゃないんだ!…ただ、ちょっと、おまえの譜歌をちゃんと聴きたくて…」
ダメか?と上目遣いに聞いてくる。
断る理由なんてない。
戦闘中とは違って、聴かれているという状況への照れは少しあるけれど。
いいわ、と言ってすぅっと息を吸いこんだ。

――トゥエ レィ ツェ クロア リョ トゥエ ツェ

抜けるように青い空に向かって、歌う。

――クロア リョ ツェ トゥエ リョ レィ ネゥ リョ ツェ

ルークは目をつぶって、黙って耳を傾けている。

――ヴァ レィ ズェ トゥエ ネゥ ツェ リョ ツェ クロア

草原を吹き抜ける風にお互いの髪が揺れた。

――リョ レィ クロア リョ ツェ レィ ヴァ ツェ レィ

「きれいだな」
「…え…?」
第四譜歌まで歌いきったところで、ぽつりとルークが声をもらした。
「俺、ティアの譜歌好きだ。なんていうか、聴いてるとこっちまで優しい気持ちになる、っていうのかな?すごく聴いてて気持ちいいんだ」
歌ってくれてありがとう、と笑って感謝の言葉を述べる。
あまりにも率直な賛辞の言葉に、頬のあたりがあつくなるのを感じた。
どうかえしていいか戸惑っているうちに、彼は立ち上がって体についた土や草をパンパンと払う。
ふっとそらされた視線の先は、晴れ渡る空。

「――本当に、きれいだ」
その笑みは、溶けて消えてしまいそうなほど、あまりに儚くて。

「ルー…!」
ザァッ!と突風が二人の間を吹き抜ける。
反射的に目をつぶり、めちゃくちゃにされる髪を押さえた。
風がおさまった時には、もう、ルークの表情は元に戻っていて。
それでも、一度感じた不安は消えなかった。
「ルーク…」
「そろそろメシできたかな?今日はアニスがはりきってたからきっとごちそうだぜ」
まるで何もなかったかのように、そう言って皆の所へと戻っていく。
その背中を見ながら私はその場から動けなかった。
泣き出してしまいたかった。
彼の背中に追いすがって抱きしめてあげたかった。
「消えないで」と叫びたかった。
けれど、それはできない。
彼の決意も、迷いも、恐れも、自分には痛いほどわかるから。
「おまえは強いな」と言ってくれたルークに、止めないでくれたルークに、とても感謝しているから。
だから、私は、何も言うことができない。
だけど、
「どうして…!」
どうして、彼でなくてはいけなかったのですか?
震えた声で、誰に向かってでもなく、問う。
答を持たない問いは、ただ静かに風に溶けた。




06/5/11
あなたとふたり、埋もれる世界のための5つの絆/お題配布元:遙彼方