I love teacher.

次の授業まで、あと二分。
教室のそこここで、単語帳片手にぶつぶつと暗唱する声が聞こえてくる。
おしゃべりに興じる賑やかな声もあるけれど、おおむね真剣な空気の中、わたしは何故か鬼気迫った顔のクラスメートに詰め寄られていたりする。
「なぁなぁ、いいんちょさん。頼むわー今回ほんっまヤバイねん!ほらこの通り!」
ぴょんっと、高い位置で縛られた栗色の髪が揺れる。
勢いよくこちら側に降りかかってくるソレは、ある意味凶器で。
手に持った「デルデル英単語!1900」で虫でも追い払うように振り払った。
「そう言われてもヤマなんてわかんないよ」
「ウソやっ!ヤマかけもせんで、なんでアンタみたいに忙しいお人が毎回高得点とれんねん!!」
「勉強するから?」
「うわッ!むかつくわぁこの子!!」
しれっと返した返答に、期待以上のいい反応。
流石関西人、と感心しながら「冗談冗談」と笑う。
それと同時に始業を告げるチャイムが鳴って。
「あー!!鳴ってしもた!!」
「はいはい。残念残念」
「いいんちょのドケチーーー!!イケズーーー!!」
来た時と同じく大騒ぎしながら去っていく西本さんに「はいはいがんばれー」と手を振って、丸めて持った単語帳に目を戻す。
始めのページからまったく進んでいない。
むしろわたしの方がまずいんじゃないか、とがぜん焦る。
そんなわたしの気持ちを読んだかのように、がらりっと教室のドアが開いて。

「……え?」

教室中が一瞬しんっと静まった。
皆の視線はすべてドアに立った人物に集中して。
次の瞬間、どっとはちきれたように笑い声が上がる。
「若ちゃーん、教室間違えんの何回目だよー」
「次はウチら英語だよー」
みんなからつっこみを受けているのは、我らが担任若王子先生。
前科のありすぎる先生にクラス中が苦笑している。
けれど、当の本人はいつになく堂々としていて。
「ふふん。今回は先生間違えていません。何故ならこの時間の英語は先生がのっとったからです!」
「はあ!?」
「英語の先生が休みにでもなったんですか?」
「ピンポンです。流石委員長さん!」
先生特有のとぼけた言い方を解読して言ってみると、見事に正解だったようで、途端に教室中から歓声があがる。
単語帳を投げ出したり、隣の席のコとおしゃべりしだしたり、騒がしくなる教室。
中でも一番賑やかなのは、さっきまですっかりしおれていた西本さんの関西弁で。
かく言うわたしもほっとしたのは事実なので、まあ人のことは言えない。
「コラコラ、一応授業中ですよー静かにしてくださーい」
「そうは言っても若ちゃん!今日はこの時間の授業ないんやろ!そりゃあ、騒ぐなっちゅう方が無理な話やで!」
「むっ………じゃあ、先生授業しましょうか?」
「えーーーーーっ!!!若ちゃん英語しゃべれるん!?」
「これでもちょっと自信あります。コホンッ………」

―Hello,students.

咳払いの後、発せられたのはまるでお手本のような流暢な英語。
かろうじで聞き取れたのは最初のあいさつだけで、後は早すぎて聞き取れない。
クラスのみんなも最初は呆然と、それからすっかり黙って聞き取ろうと必死になる。
教壇に立っているのはいつもの通りにニコニコ笑った若王子先生なのに、聞こえてくる言葉はなめらかな英語で。
知らない人が話しているようなひどい違和感を感じる。
静まり返った教室に滔々と流れる英語のスピーチ。
もうだめだと諦めてしまった顔、すっかり混乱している顔、それでもなんとか食らいつこうとしている顔。
生徒たちそれぞれの顔を見渡して、最後に先生はふっと笑う。
そして、

―I love students. I love you.

「―――――ッ!」

瞬間、ドクンッと鼓動が跳ねた。
顔が、自分でも赤くなってるのが分かって。
もう、あんなの、反則だ、と思う。
教室内が一瞬しんっと静まり返り、それからまたワッと歓声があがる。
先生の話す流暢な英語への驚きや賛辞の声がそこかしこから上がった。
目の奥に焼きつく笑顔。
耳に残るいつもより少し真剣な声音。
一番後ろの席でよかった、なんて頭のどこかで思いながら、持っていた単語帳で顔を隠して、吐息だけで言う。

(I love teacher. I love you.)



07/4/7
教師と生徒5題 お題配布元:BLUE TEARS