後悔先に立たず
「ジェイドの髪って何色?」
「は?」
唐突な問いに、ジェイドは着替えようとしていた手をとめ後ろを振り返った。
振り返った先では、赤い髪の子どもが宿屋の豪華とは言えないベッドの上でごろりと寝転がっている。
まだ就寝前だというのに、きちんとベッドメイクされていたシーツはすっかり皺くちゃだ。
そんないつも通りの光景に溜息をつきながら、それでも律儀に答を返す。
「見てお分かりの通り、茶色ですが?」
「茶…かぁ。うーん、そうだよなぁ…」
訳の分からない問いを発した本人は、納得したようなしないような様子でうーんと唸り続ける。
狭いベットの上で、ごろごろと転がりながら。
この子どもが突拍子もないことを言い出すのはよくあることだったが、狭い部屋の中で一晩中この調子でいられたらたまらない。
安眠確保のために、ジェイドは今夜の同室者の話を聞いてやることにした。
「いったい何なのですか?」
「んー、ジェイドの髪って確かに茶色だけど、でも、ティアとかとはまた違うだろ?かといって、ガイやナタリアみたいな金髪ではないし」
確かにジェイドの髪とティアの髪では同じ茶髪と言ってもかなり趣が異なっている。
ジェイドの髪はかなり明るい色味で、実際、妹であるネフリーなどは金に近い色合いをしていた。
「なんて言ったらいいんだろうなぁ…うーん、ハニーブラウンって言うのか?」
なんか、食べたらうまそうな色だよな!と一人納得して笑顔を向ける。
向けられた当人は子どもの思考にあきれながらも、いつもの嫌味な笑みを浮かべて言った。
「お腹が空いたんですか?いくらおいしそうでも私の髪を食べるのはやめてくださいね?」
腹でも壊されたら、こちらも迷惑ですからねぇ。
そう言ってこの話はもう終わりと、途中だった着替えを再開する。
馬鹿にされたのがわかったルークは、がばっと起き上がって憤慨した。
「食わねぇよ!いくらなんでも!」
「おや、そうですか。ルークならやりかねないかと」
「し・ね・え!そうじゃなくて…っ」
「そうじゃなくて?」
問い返したジェイドに、ルークはベットの上で枕を抱えたまま、一瞬詰まる。
そして、
「ただ俺はジェイドの髪がきれいだなって思っただけだ」
赤らめた顔を横にそらして、ぽつりとつぶやいた。
「…それはそれはありがとうございます」
「だーっもーっおまえそれ全然心こもってねーぞ!てか俺恥ずかしーっ!!何言ってんだ、もう!!」
もう寝る!!と耳まで真っ赤に染めたルークはジェイドに背を向けて寝転がる。
ジェイドはその様子に苦笑しながらも、子どもの名を呼んでその背に近づいていった。
「ルーク」
「あーもー悪かったてば!ほっといてくれ!」
「ルーク」
「だから…、っ!?」
短く切った赤い髪を手に取り梳く。
驚き固まったルークのこめかみのあたりに、そっとキスをおとした。
「…あなたの髪もきれいだと思いますよ」
「ジェ…ッ!?」
「さーて、もう寝ますかー年寄りに寝不足は辛いですからねぇ」
「ちょっジェイド!?」
ひっくり返った声を上げるルークを無視して、ジェイドは譜術の明かりを消していく。
「では、おやすみなさい、ルーク」
ジェイドの有無を言わさぬ挨拶を最後に、部屋は闇に閉ざされた。
しばらくの間、え?え?とルークの声が響いていたが、それに答える声はなくすぐに沈黙が落ちた。
自分のベッドからでもわかるルークの困惑した空気に、ジェイドは笑みをもらす。
まったく、あの子は本当にタチが悪い。
直球すぎる言葉の全てがただ本心からなのだとわかるからこそ。
だから少しは学ぶべきなのだ、率直なその言葉を言われることがどんなに心臓に悪いことなのか。
(やられっぱなしは性にあいませんから)
明日の朝、一体どんな顔をしていることやら、とジェイドは楽しげに思う。
言うまでもなく一睡もできなかったルークと、ルークの寝返りをうつ音に安眠できなかったジェイドが、共に自分のしたことに後悔するのは明日の朝の話。