アイドルは死霊使い☆

「―これにて本日の会議は終了とさせていただきます」
「まて」
途切れる間のない水音にまぎれることなく、その声は凛と室内に響き渡った。
言葉を遮られた進行役だけでなく、部屋の中の全ての人物の視線が一点へと集中する。
優美で壮大な滝を背に玉座に悠々と座す男。
ピオニー・ウパラ・マルクト9世。
ここ、マルクト帝国の皇帝その人に。
「今日は、もう一つ重大な議題を提案したいと思う」
いつになく真剣な様子の皇帝に、集まった面々はしんと静まりかえった。
普段はどこか人を食ったような、とても一国の王とは思えない言動の多い皇帝ではある。
しかし、声一つ、眼差し一つで場を支配してしまうその存在感は、まさに王者のものだった。
「このマルクトの未来に関わる重要事項だ。心して聞いて欲しい」
一旦言葉を切り、その重々しさを表現するかのように目を伏せた。
ごくり、と誰かの喉の鳴る音が響く。
たっぷりとした間の後、皇帝はその強い眼差しをあげ、言った。


「ジェイドを俺の嫁にする!!」


・・・・・
一瞬、先ほどまでとはまた違う沈黙が辺りを包んだ。
が、
「一体何をおっしゃるのですか!!」
「そうです!そのようなことみとめられませぬぞ!!」
皆一様に顔色を変え、反対の叫びが部屋のそこここから噴出す。
「なんだと!結婚しろ、結婚しろとうるさかったのはおまえらだろう!?」
「確かにそうですが、そのお相手は認められませぬ!!」
「そうですとも!カーティス大佐を后になど…!」
「ええ!例え皇帝陛下といえども、我らがアイドルを奪おうなどとは不届き千万!!世迷言はこの老体の屍を超えてからにしていただきたい!!」
「アイドルはみんなのもの!それがこの世界の掟ですぞ!!」
「そうですよね!?カーティス大佐!!」
ぐるりと全員の視線が話題の人物へと向かった。
今までの騒ぎにただ一人顔色一つ変えず、ただ黙ってジェイド・カーティス大佐は立っていた。
皆の視線を受けながら、ジェイドは眼鏡を抑える仕草をした後、
「ええ、いつも皆さんありがとうございます」
花のように、微笑った。
「うぉーーーーっ天使の笑みじゃぁあああ!!」
「我らがアイドル万歳ーーーっっ!!」
「一生あなたについていきますーーー!!!」
わぁーーーっっ!と歓声があがり、中には感極まって泣き出すものまで出る大騒ぎとなる。
「ちょ、ちょっとまて!!ジェイドは俺のだぞっっ!!」
「恐れながら陛下!これ以上の不穏当な発言は我々とて容赦しませんぞ」
「ええ、例え職を解かれようと私は大佐を守り抜く覚悟です!!」
真剣な皇帝と、同じく真剣な年老いた重臣たち(いつのまにか警備の兵士も参戦している)との口論が続く中、事態についていけず取り残されてしまったアスラン・フリングス少将は一人呆然としていた。
どうして誰もカーティス大佐は男性軍人(186p74s)であって后などなれるはずがないと突っ込まないのか、むしろ大佐はいつのまにアイドル(しかも熱狂的信者多数)になったのか、と。
「カ、カーティス大佐…あの、これはいったい…」
「はい、笑み一つで役立っていただけるならなら安いものだと思いまして」
にこにこと完璧な笑みを浮かべたまま、ジェイドは答える。
「あの馬鹿、もとい陛下の言動にいちいち付き合うのも面倒になってきたので、ちょっと障壁になっていただきました」
さらりと不敬罪な発言を口にしながら、ジェイドはフリングスに向かって微笑んだ。
”天使の微笑み”と称された魔性の笑みで。
どきり、と少将の鼓動が跳ねたのは言うまでもない。

グランコクマの日常は今日もこうして過ぎていく。



06/7/24