chocolate macaron


綺麗なものが好き。
おいしいものが好き。
料理は得意で、人に食べさせてやるのが好き。
自分の手で鮮やかに変化した食べ物に、キラキラと輝く瞳が吸い寄せられる。
その瞬間が、何よりも好き。
だから、求められればいくらだって作ってやりたくなる。
それが、恋人の望みであればなおさらのこと。
だけど。
だけどねぇ。


「イギリスー…」
「…んむ」
「お前、そんなマカロン好きだったっけ?」
呆れたようなフランスの台詞に、返ってきたのは、もぐもぐもぐと菓子を咀嚼する音だけ。
作ってやった当人を無視して、イギリスは、机の上に広げられた小さなマカロンに手を伸ばす。
チョコレート色をしたそれが、また一つ、イギリスの口の中に放りこまれた。
その光景を目の前に、フランスは本日何度目かのため息を吐いた。
イギリスが唐突にフランスに料理のリクエストをするのは、さして珍しいことではない。
世界に名だたる味覚音痴国家ではあるけれど、おいしいものに対する感覚はそれほど鈍っていないらしい。
憎まれ口を叩きながらも、フランスの出す料理は絶対に残さないイギリスを、フランスはかわいく思っていた。
大抵はイギリスの家に邪魔をしたフランスがイギリスのリクエストに応えるというパターンで、今日のようにわざわざイギリスがやってくることは珍しい。
普段から素直でない恋人が、自分から会いに来てくれた。
その嬉しさもあって、開口一番の『マカロンを作れ』というかわいげのない要求に、フランスは苦笑しながらも頷いたのだ。
けれど。
「……………」
フランスは机の上に頬杖をついた姿勢で、一心に菓子を頬張るイギリスを眺める。
自分の作った料理に夢中になってくれるのは、素直に嬉しい。
けれど、恋人をないがしろにするようなこの仕打ちはいかがなものか。
悶々とした苛立ちとともに、微かな不安がフランスの心によぎる。
イギリスにとっての自分が『うまい料理を作れる、ボコっても気がねのいらない動くサンドバック』程度の扱いだったらどうしよう。
まさか、と心の中で笑っても、一度湧き出た不安はなかなか消えず、かえって現実味を増す。
「何唸ってんだ?」
無意識の内に、頭を抱えてうめいていたらしい。
フランスがパッと顔を上げて見れば、イギリスと視線がまっすぐにぶつかった。
いぶかしげに眉を寄せながら、イギリスは軽く手を叩いて手に付いた粉を落としている。
「どうだった?」
いつもの癖で聞いてみれば、これまたいつも通り「まあまあ」という返事。
普段なら笑ってやり過ごすところだが、今日はそのそっけなさが悲しい。
どんどん気落ちしていくフランスをよそに、イギリスはぶつぶつと口の中で何かを呟いている。
誰かに聞かせるためでなく、ただ思考をまとめるだけのようなそれは、フランスの耳までは届かない。
やがて、結論が出たのか、イギリスは一人大きく頷いた。
「やっぱり、これなんだな」
「はぁ?」
一人で納得したような声をあげるイギリスに、フランスは机に突っ伏していた顔を上げた。
フランスの方へと視線を向けたイギリスが、ゆっくりと口を開く。
「マカロン、自分で作ってみたんだが」
なんでもないことのように言われた言葉に、フランスは一瞬、内容の理解が遅れた。
ぽかんと口を開けたまま、もう一度、言葉の意味を考える。
イギリスの作る料理、それすなわち。
「ちょっ、お前が作ったら殺人兵器にしかならないことくらいわかりきってるだろっ!食材無駄にするなって何度言ったら…ぐはっ!!」
「黙れクソ髭、それ以上言ったら殴る」
「もう殴っただろ!!」
飛び起きたフランスに、イギリスは迷うことなくストレートを決めた。
先程まであんなに静かだった部屋が、あっという間に騒がしくなる。


殴り合いと罵り合いを経て、フランスがイギリスから聞いた話をまとめるとこうだ。
つい先日、イギリスは仕事で日本に滞在したらしい。
その間、黒髪黒目のあの国家自身にも何度か会う機会があったようだ。
折しも、季節はバレンタインシーズン。
あの地では一般的に意中の相手にチョコレートを贈る日として定着している。
イギリスが日本の買い物につきあって訪れたデパートでも、白熱したバレンタイン商戦が繰り広げられていた。
特設コーナーに群がる女性たちの勢いに気圧されるイギリスを横目に、日本は少し笑いながら自らの買い物をすませる。
『あちらに特設コーナーができているんですよ。この階はチョコなどの手作りキットのようですね』
今年はマカロンが流行りのようです、そう言って、日本はたくさん並んだ箱の一つを手にとって見せる。
『へぇ、簡単にできるんだな。これなら俺にも…』
『え!?……えーと…はぁ、そ、そうですね…』
引き攣った笑いをしていたという、日本のその時の心境がフランスは痛い程わかった。
意外な興味を示したイギリスに、日本はそのキットを「付き合ってくれた礼に」とプレゼントしてくれたそうだ。


「で、作ってみたはいいんだけど、なんか違うんだよな」
誰も聞いていないのに、「成功はしたんだぞ!」と、世界中の誰も信じそうにない言葉を、イギリスは慌てて付け加える。
「店で売ってるのも食ってみたけど、やっぱり違くて」
イギリスはまた机の上のマカロンに手を伸ばす。
軽くて小さなそれを一口齧って、イギリスはまた小さく頷いた。
「やっぱ、これなんだよなぁ」
フランスの作ったマカロンを眺めて、イギリスは少し悔しそうな顔をして言う。
それから、ふっとフランスの方へと視線を移して、怪訝そうな顔をした。
「何にやけてんだ?」
「えー?」
さっきまで気落ちしていたのはどこに行ったのやら、フランスはニヤニヤとだらしない笑みを隠さずにイギリスを見ていた。
イギリスが言外に言った自分の料理が一番だという言葉が嬉しい。
それに、なにより。
「ねぇ?」
イギリスが作ったというマカロン。
きっといつものように、失敗作ではあるのだろうけど。
「それって、俺にくれるつもりだった?」
上目づかいに聞いてやれば、固まったイギリスが勢いよく顔を赤く染めた。
あまりにもわかりやすいその態度に、フランスは声をあげて笑う。
弾かれたように、イギリスが否定の言葉を口にするがもう遅い。
「お兄さん、愛されてるっ!」
先程までの不安とまるで真逆の言葉。
嬉しさに叫ぶように口に出して見れば、「ばかぁ!」と聞き慣れた罵り文句が飛んできた。


イベント無料配布:10/02/14
サイト掲載:10/03/01