目隠しキス
理由の説明できる「好き」なんて、たいしたことないのよ。
本当に本当に好きになったのなら、理由なんて思いつかないものなのだから。
自信に満ちあふれた言葉と、笑みに歪んだ赤い唇。
唐突に思いだしたその記憶は、曖昧にぼやけて、一体それが誰だったのか思い出せない。
一時をともに過ごした恋人の睦言だったのかもしれないし、あるいは、街ですれ違った他人の会話だったのかもしれない。
ただ、その時の自分が、「それならば、俺は、何かを本当に好きになったことなどないのだろう」と悲しい気分になったのを、妙にはっきりと覚えている。
「坊ちゃん、そんなとこで寝たら風邪ひくよ」
耳元で囁かれた声に、うっすらと意識が浮上した。
にじんだ視界に、見慣れた青の瞳が映る。
くすり、と笑ったその顔が近付いて、ぺろりと目元を舐められた。
生暖かく肌を這う感触に、ああ、自分は泣いていたのか、と気づく。
抵抗するでもなく、大人しく身を任せていると、細く長い指がゆっくりと髪を撫で始めた。
心地よさに、ふにゃり、と身体の力が抜けていく。
顔のすぐ近くにまた暖かな気配を感じて、考えるよりも先に唇が薄く開いた。
「・・・ん」
やわらかく、あたたかい、慣れた感触。
迎えるように受け入れた口づけは、優しくもなく、かといって、荒々しくもなく。
けれど、ひどく心地よかった。
「は、ぁ・・・」
絡めた舌がゆっくりとほどかれ、合わさった唇が離れていく。
閉じていた目を開けば、また、こちらを見つめる瞳と目が合った。
そして、まるで愛しいものを見るように、やわらかくやわらかく、笑う。
「・・・・・むかつく」
「はぁ!?」
呟いた言葉に抗議の声をあげた男を無視して、顔を隠すように手で覆った。
だって、くやしいじゃないか。
好きの理由どころか、嫌いな理由しか見当たらない。
それなのに、そんな男のことが。
「むかつく」
もう一度呟けば、「ひどい!」と芝居がかった抗議の声。
うるさい、と言うかわりに、首に腕を回して身体を引きよせた。
唇を寄せれば、当たり前のように口づけられる。
ああ、そうだ、このキスは好きだ。
だから、こいつのことを、だなんて、そんなこと、そんなこと。
深まる口づけに、思考が溶ける。
面倒でやっかいな考えは放り出して、今はただ、目の前の快楽を追いかけた。
サイト掲載:09/06/13