Once Upon a Time.

がさりがさり、とぼうぼうに生えた野生の緑を掻き分け進む。
足元にはなんとも豪快に浮き出た木の根が罠を張り、かといって頭上には縦横無尽に伸びた枝葉に気を抜けない。
あまり人の踏み入らない、自然のままに残る深い深い森。
むせ返るように濃い緑の香りと、淡い木漏れ日に、なんとも幻想的な気分になる。
額に滲む汗を拭いながら、なるほどこんな場所になら妖精もいるかもしれない、とフランスは思った。
「あっつー・・・」
レースやらリボンやら、飾りをふんだんに使った襟元を緩め、手あおぎで風を送る。
こうして道なき道を掻き分けて進むのは、もう何度目かになるけれど、それでも体力的にきついものがあるのは変わりない。
おまけに、今回はなかなかお目当てとめぐり合うことができずにいる。
いつもなら、森の中をなんとなく歩いている内に、おっかなびっくり姿を現してくるものだけれど。
疲れてぼんやりとしたフランスの頭に、先日の別れ際、こちらを見送るぶすくれた顔が浮かんだ。
『べつにもうこなくていいんだからな』
不機嫌そうに、けれどかすかに上ずった幼い声。背けられた顔はほのかに赤く染まっていた。
それはもう、帰り際のお約束のようになっていて、毎度毎度そう言いながら、結局フランスを迎え入れる子供のそれが本心だとは思っていない。
不器用で天邪鬼な子供の態度が、かわいくて、おもしろくて、それから少し不憫で。
暇ができては、こうして海の向こうの森に足を運んでしまう。
けれども今日はどうやら空振りか、と諦めかけた時、後ろの茂みからガサリと音がした。
振り向けば、緑の葉から見覚えのある金の髪がぴょこりとのぞいている。
やっと見つけた姿に、にまりとフランスの口に笑みが浮かんだ。
「・・・また、きたのか」
警戒心もあらわに、ゆっくりと茂みからでてくる小さな人影。
なんとも質素な緑のマントに、背中に背負う小さな身体に似合わない無骨な弓矢が目を引く。
日に透けた葉のような瞳の色はひどく美しいのに、険しい表情で睨みつけていては台無しだ、とフランスは思った。
「よーイギリス、久しぶりだなー」
とげとげしい態度は気にせず、ひょいと近づき小さな身体を抱きあげる。
そのまま、頬に軽い挨拶のキス。
「ひゃぁ!」
耳元で甲高い悲鳴。続いて、離せ、とか、ばか、とか、罵倒とともにぽかぽかと殴られる。
痛くないわけではないけれど、所詮子供の力、気にせずにフランスは、はいはいと流した。
「ほら、イギリス」
「?・・・なんだよ」
「挨拶は?」
にっこり笑って、先ほど触れ合ったのとは逆の頬を差し出す。
それを見て、イギリスは一瞬ぽかんとして、それからかぁっと顔を赤く染めた。
「できるわけないだろっ!」
「えー、俺、挨拶してくれるまで降ろさないけどー?」
「〜〜〜〜っ」
にまにまと笑ったまま拘束の手を緩めないフランスに、イギリスもやがて観念したのか、本当に軽く微かに触れる程度の挨拶を返す。
ただそれだけのことなのに、そっぽを向いたイギリスの耳は燃えるように赤く、フランスは笑いをこらえながらイギリスをゆっくりと降ろした。
「・・・・・」
地面に足が着くと同時に、イギリスはさっとフランスから距離をとる。
小動物のようなその動きに、笑いそうになりながら、からかいすぎたか、とフランスは己の失敗を悟った。
「ほら、イギリス。今日は菓子作ってきてやったぞ」
すかさず、持参した手土産でフォローを図る。
思った通り、菓子と聞いた途端、イギリスの身体がぴくりと跳ねた。
そろそろとフランスを見る瞳は、先ほどまでの怒りと菓子の誘惑とに揺れていて。
そこで、イギリスの前で膝をついて、目の前にずいっと菓子を出してやる。
木の実をふんだんに使った甘い焼き菓子。
つやつやと光沢を放つそれを前にして、イギリスの喉がごくりと鳴った。
「ほら、あーん」
「・・・・・あー・・・ん」
ためらいがちに開かれた口に、ひょいと菓子をのせてやる。
むっつりと眉をひそめながら、もぐもぐと咀嚼するイギリスをしばらく黙って眺める。
しばしして、ふっと何かに気づいたように、イギリスの瞳が見開かれた。
それから、思わずといった感じで、こわばった相好がへにゃりと崩れる。
「―――――」
それを目の前にして、フランスは何故か、顔にかっと熱が走るのを感じていた。
嬉しいような恥ずかしいような、なんともむずがゆい感覚。
イギリス自身は無意識のようで、菓子を味わうのに必死でフランスのことなど眼中にない。
身の内を走るやっかいな感覚にフランスが身悶えている間に、イギリスは菓子の最後の一口をごくんと飲み込んだ。
「はー・・・」
「うまかったー?」
満足げな息をつくイギリスに、フランスは小首をかしげて感想を聞く。
それにイギリスは、フランスの存在を忘れていたかのように一瞬びくりと震えて、それから、むっつりと「まあまあだな」と言った。
・・・・・あんな顔しといて何をまあ。
あんまりな天邪鬼に、フランスは苦笑しつつ、イギリスの頭を乱暴に撫でた。
こらぁ、とか、やめろ、とか言うのを無視して、よいしょっと立膝をついて立ち上がる。
「さて、じゃあそろそろ帰るかー」
「え・・・」
思わずといった風に漏れたイギリスの声に、フランスは少し驚いた。
イギリス自身驚いたのか、ぱっと口を押さえて、必死で弁解しはじめる。
「ち、ちがうんだからな!ごかいすんなよ!」
「んー?何がぁ〜?」
「だから・・・!」
わたわたと慌てて否定するイギリスに、フランスは口元のにやにや笑いをさらに深くした。
それを見たイギリスは、あまりの恥ずかしさに半ばパニック状態になって。
「別に、おまえが帰るのがさびしいとか、そういうんじゃなくて!いっつもおまえがなんだかんだでずっといるから、ひょうしぬけしただけなんだからな!」
「うんうん」
「もってくる菓子だって、別に楽しみになんかしてないし・・・まずくはないから、しょうがないから食べてやってるだけなんだぞ!」
「ほー」
「あ、あいさつだって本当はいやなんだからな!あんな恥ずかしいのおまえとじゃなきゃだれがするか!」
「うん・・・?」
「すぐに来るときもあれば、何日も来ない日もあるし・・・おれが昼寝してるあいだに帰っちまったこともあるし・・・!」
「・・・・・」
だんだんと意味の変わってきたイギリスの言葉に、フランスは何も言えずに押し黙る。
相槌がなくなってもイギリスは言葉を重ねていたが、ふと我に返ったようにフランスが黙ってこちらを見ていることに気づくと、一瞬言葉を詰まらせて。
「―――っ、だからっ、べつにおまえに会いたいとか、そんなことちっとも思ってないんだからな、ばかぁ!」
「イギリス」
叫ぶようなイギリスの言葉に、フランスはがしりと、イギリスの肩を掴んだ。
先ほどまでのにやにや笑いも影を潜めて、至極真面目な顔でイギリスと顔を付き合わせる。
「そういうこと俺以外に言っちゃだめ」
「はぁ?」
「いーから!」
変に真剣なフランスに、イギリスは訝しげな顔をしながらも、当然のように口を開いた。
「あたりまえだろ、おまえ以外にこんなこと言わねーよ、おまえだけだ」
照れでもなく、冗談を言うのでもなく、本当に素直に答えたのだとわかるその言葉に、フランスはうわー・・・と呻き声のような声をあげて、イギリスの肩に顔を沈めた。
これは反則だろう、とか、なんだか俺犯罪っぽくない?とか、ブツブツと呟く言葉はイギリスの耳にまでは届かない。
「フランス?」
呼ぶ声に、何とか顔を起こしてみれば、すぐ横に珍しく本気で心配そうなイギリスの顔。
「あーだいじょぶだいじょうぶ」
はぁっとため息を吐きながら、前髪を掻きあげる。
目の前で、イギリスがじっとこちらを見つめていて。
「じゃーそういうこと俺以外に言わないって約束」
「うん」
確認するように言ったフランスの言葉に、イギリスは素直にこくりと頷いた。
その行動があまりにもかわいくて。
「じゃあ、これが約束の証な」
そのまま、無防備な唇に軽く触れる。
ついばむようなキスは、ちゅっと小さな音をたてて、すぐに離れた。
「・・・・・」
「・・・・・」
しばらくの沈黙。
何が起こったのかわからない、と言った風に、ぽけっと気の抜けた顔のイギリスに、フランスはあーもう一回キスしたいなと、ぼんやり思った。
けれど。
「このへんたいーーーーーっっっ!」
我に返ったイギリスに、不意打ちのように横頭を殴られたフランスは、一晩そこに倒れ付すことになり、その願いは果たされなかった。


イベント無料配布:08/5/5
サイト掲載:08/10/5