嘘じゃない嘘だけじゃない
毎日着ていた分厚いコートが、ここのところクローゼットで待機してばかりいることに気づいたとき。
あるいは、庭の片隅で、植えた覚えのない名も知らない花が、見事に花開いているのを見つけたとき。
ああ春がやってきたんだな、とふとした時に感じる。
心も身体も、どこかうきうきと軽い、そんな季節。
が。
「てめーフランス!いい度胸だ!そこになおれ!!」
「はっ!それはこっちの台詞だな。いい加減にしろよ、このくそ坊ちゃんめ!!」
そんなすばらしい季節も、長年の腐れ縁の二人には関係ないようで。
今日も今日とて、くだらないけんかを繰り広げている。
二人が口汚く罵り合っているここは、イギリスの家。
寄ると触るとけんかばかりしているくせに、何かと理由をつけては二人でいることが多い。
フランスが手土産片手にイギリスの家に押しかけ、イギリスも嫌そうにしながらも結局は断らないのがいつものパターン。
今回も、イギリスの家の庭を見ながら酒盛りをするという名目であったのだが。
「言ったな!ブリタニアの奇跡見せてやる!!」
「やってみろ!お兄さんのモンスターのが強いもんねー!!」
酒が入った中で始まった口げんかは、どんどんとくだらない方向へと向かっていた。
原因など、もう二人とも覚えていない。
一度始まってしまえば、もう後はただただ口にまかせて罵るだけ。
長年の慣れというのは恐ろしいもので、二人のけんかは既に脊髄反射の域だった。
「ばーかばーかばーか!おまえなんかだいっきらいだ!!!」
そう叫んだイギリスの顔は真っ赤に染まり、瞳も酔いで潤んでいる。
だんだんと呂律も回らなくなってきたその言葉に、フランスも口を開いたその時。
ボーンボーンボーン
古めかしく重厚な鐘の音。
イギリスの家にあるクラシカルな大時計が、日付の変更を告げる音だ。
「・・・あー0時か」
「・・・それがなんだよ」
勢いをそがれた様子でポリポリと口もとをかくフランスに、イギリスはむすっと答えた。
んー、と曖昧に相槌を打ち、フランスはちらりとイギリスを見る。
それから、楽しいことを思いついたように、ふっと目を細めて。
「・・・好きだよ、イギリス」
「・・・はぁ!?」
甘い響きで囁かれたその言葉に、イギリスは目を剥いた。
ついに頭が腐ったか、いや、こいつはいつでも似たようなことを言って回ってるから、この場合腐ったのは目か!?
混乱したイギリスの頭を、ぐるぐると思考がまわっていく。
目の前のフランスは、そんなイギリスの状態をおもしろがるように、けれど、どこか甘ったるい艶めいた雰囲気をかもし出したまま、イギリスを見つめている。
「ふっ!ふざ・・・!」
フランスに噛み付こうと叫んだ言葉の途中で、イギリスは気がついた。
先ほどの時報の鐘。
日付をまたいだ今は4/1。
そう、エイプリルフールだ。
つまりは、フランスの言葉はその反対、イギリスの「嫌いだ」という言葉に対する返事。
「で?」
「え?」
「坊ちゃんは、俺のこと、どう思ってるんだっけ?」
腕組みをしながら、わざとらしく区切られた言葉。
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべるフランスに、イギリスは握り締めたこぶしを震わせた。
こんなふざけた男、嫌いだと叫んで殴り倒してやりたい、しかし、今はそれを反対の意味と取られて最大限にからかわれるだろう。
つまりは、好きだと、言うしかないわけで。
「す・・・!」
「す?」
「す・・・き、だ」
無理やりに搾り出した言葉は、変に掠れて聞き取りづらい。
けれど、対峙するフランスには十分だったようで、その顔に満足げな笑みが浮かんだ。
それを目の当たりにして、イギリスの頬がかぁっと赤く染まる。
酔い以上に、羞恥と怒りで勢いよく頭に血が上った。
「ふ、ふざけんな!この変態!お、おまえなんか、おまえなんか、だいっきら・・・!」
満面の笑みでイギリスの言葉を待つフランスに、またイギリスはぐっと押し黙る。
ああ、なんて嫌なやつ、おまえなんかおまえなんか。
酒とけんかとで、ぎりぎり切れかかっていたイギリスの理性が、ぷちり、と切れる音がした。
衝動にまかせて、フランスとの距離をつめ、襟首をつかんで顔を寄せる。
驚いて目を開くフランスを、いい気味と思いながら、一言。
「―――っ!すきだ!」
まるでけんかを売るように、ギッと睨みつけながらのイギリスの言葉に、フランスはぷっと耐え切れず吹き出した。
そんなフランスの態度に、イギリスの頭には怒りでさらに血が上っていく。
掴んだ襟首にさらに力をこめ、ほとんど顔と顔が触れ合うような距離で叫んだ。
「おまえなんかだいすきなんだからな!きいてるのか!おい!」
「ぷくくくく・・・はいはい、聞いてるよ。俺もイギリスのこと好きだぞー」
「はんっ、おまえなんかよりおれのほうが、ずっとずーっとすきなんだからな!」
「へぇ?俺もお前のこと大好きなんだけどな」
「だったらおれはだいだいだいだいだーいすきだ!!!」
イギリスは必死の形相で、フランスは含み笑いをしながらの、好きの度合いの競い合い。
まるで熱烈な愛の告白のような、けれど、あまりにも馬鹿馬鹿しい光景。
それは、興奮しすぎたイギリスの息が、ぜいぜいと切れだすまで続いた。
「す・・・すき、なん、だからな、ばかぁ・・・!」
「はいはい。ちょっと落ち着け、息あがってんぞ」
「うー・・・」
ぽんぽん、と子供をあやすようにフランスがイギリスの背を叩く。
始めはフランスの襟首を掴んでいたイギリスだったが、叫びすぎて力の抜けた今は、フランスにほとんど抱きついているような格好だ。
酒が入った中で無茶をしたせいで、視界はかすみ、思考はぐるぐると渦巻いている。
だから、嫌がって暴れることもなく、イギリスはただ大人しくフランスに身体を預けていた。
「イギリスー・・・」
ぽんぽんとあやす手が、頭の方へと移動し、髪をゆっくりと梳く。
ふわりふわりと、やさしく触れるその手に、イギリスの瞳はうつらうつらと閉じだしてきた。
心地よい眠気の中、再度聞こえたイギリスを呼ぶ声に、んーと生返事を返す。
うるさいな、きもちいいんだから邪魔すんな。
そんな言葉も思うだけで、口に出すまでには届かない。
「イギリス」
だから、うるさいって・・・
「あいしてる」
ぱちり、とイギリスの目が開いた。
今、こいつは何て言った?
ああ、でも、今日はエイプリルフールだし、これもさっきまでの続きか?
じゃあ、俺も返さなきゃ。
「これは、嘘じゃないんだけどな」
そんなイギリスの考えとは裏腹に、いつになく真剣なフランスの声が落ちてくる。
自分の考えを否定されたことで、イギリスは思わず声もなく固まった。
フランスに抱きすくめられたような格好の今は、フランスの表情をうかがうことはできない。
それでも、すぐ耳元で、小さく落とされたその声音は、けして嘘ではないと、長年の記憶が告げていて。
「イギリス?寝ちまったのか?」
答えを返さないイギリスを、フランスは寝てしまったものと思ったらしい。
ふぅっとため息をついて、またイギリスの頭をゆっくりとなでる。
やさしく丁寧に、イギリスの髪を梳くその手は愛情に満ちていて。
言葉よりも何よりも、愛してると言ったその言葉が真実だと、痛いほどにイギリスに実感させた。
「・・・・・っ」
「イギリス?」
フランスの首元に顔をうずめたまま、イギリスはぎゅっとフランスを抱き寄せる。
少しだけ驚いたようなフランスの声を無視して、イギリスは口を開く。
「嘘・・・」
震える声音をおさえて、小さな小さな声で。
「・・・だけ、じゃない」
髪を梳く手の気持ちよさとか。
抱きしめる腕の温かさとか。
なんだかんだで俺を甘やかすやさしさとか。
そういうものは、嫌いじゃない。
嫌いじゃないから、だから。
嘘だけじゃない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・なんとかいえよ、ばか」
抱き合った格好のまま、お互い顔も見えずに訪れた沈黙に、先に耐えかねたのはイギリスの方だった。
気恥ずかしさを我慢して、そろりと顔をあげ、フランスの顔をうかがう。
すると、顔を手で覆って、何かに耐えるように上向いていて。
「あーちょっと待って・・・」
「な、なんだよ・・・」
フランスの様子に、イギリスの心にじわりと不安が広がった。
もしや、フランスはいつものとおりにからかっただけだったのか。
俺が真剣に返した言葉に、ひいてたりするんじゃないか。
一瞬で、イギリスの頭に、マイナス思考な考えがいくつもいくつも浮かびだす。
しかし。
「お兄さん、イギリスのかわいい告白の余韻にひたって反芻してるとこだから・・・うわーちょっと幸せすぎて死ねる・・・」
「そのまま死ね、このど変態―――――!!!!!」
バキャッ、といい音を立てて、イギリスのこぶしがフランスの顔にめりこんだ。
ぎゃ、と潰れた蛙のような悲鳴は、フランスのもの。
そのまま床に倒れこんだフランスは、うめき声をあげながら起き上がろうとしている。
「前言撤回!お前なんかだいっきらいだ!!!」
顔を真っ赤に染めて、イギリスはフランスに向かって叫ぶ。
殴られた頬に手を当てて、嘘の泣きまねをしていたフランスは、それにぴたりと止まった。
「へーほーふーん」
それから、なぜかにやにやと笑い出す。
その顔の憎らしさに、もう一度殴ってやろうか、とこぶしを握ったところで、イギリスは気がついた。
今日の騒動が起こったわけを。
「ち、違うからな!!今のは言葉通りの意味で!そのまま大嫌いだって言ってるんだからな!!」
「あーもー大丈夫。お兄さんちゃんとわかってるから。ほんとイギリスは素直じゃないなぁー」
「こ、この・・・!」
人の話を聞かずにこの上なく楽しそうなフランスに、イギリスはただただこぶしを震わせる。
自分ははやまってしまったのではないか。
こんな男に、告白まがいのことをしてしまった自分は馬鹿ではないのか。
そんな思いばかりが、頭の中に去来する。
けれど、自分の言葉であんなにも幸せそうなフランスに、どこか心がくすぐったくなるような、幸せな気持ちがするのも事実で。
「・・・・・あー、もう俺って馬鹿」
先ほどのフランスと同じように、顔に手をあて、上を向く。
嘆く言葉を口にしながらも、イギリスの顔には笑みが浮かんでいた。
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