会議の後、イギリスを飯に誘った。
軽い悪態をつかれながらも、なんとか了承の意を得る。
断る気なんかないくせに、と相変わらず素直じゃない坊ちゃんに心の中で苦笑い。
お互い雑多な用事が残っていたから、待ち合わせを決めて一旦別れた。
そして今、待ち合わせ30分過ぎ。
「・・・・・」
「えっと、あの、イギリス?」
待ち合わせ場所に着くやいなや、向けられたのは殺意のこもった厳しい視線。
思わず後ろへ後ずさる。
思ったよりも用事に時間がかかって、ほんの少し遅れたのは事実。
しかし、このくらい遅れた内には入らないだろう。
こんな物騒な顔で睨まれる覚えはない。
そう開き直りつつ内心冷や汗をかきながら、不機嫌に黙り込むイギリスと対峙した。
空から降り注ぐ太陽の日差しはすっかり夏のものなのに、厳しい視線に背筋に冷たいものが走る。
「・・・あれ?」
そこまで考えて、ふと、違和感を感じた。
昼日中、肌に突き刺さるような強い日差しは、遮るもののないこの広場にまんべんなく降り注いでいる。
目に付く範囲に、涼をとれるような日陰は見当たらない。
もちろんイギリスと自分の立っているここも同じ状態なわけで。
あらためてまじまじとイギリスを見てみれば、首元を緩めてはいるものの、スーツの上着をきっちり着込んだまま。
額や首筋にはじとりと汗が浮いている。
こちらを睨みつける顔は、熱さに上気しているのにどこか生気がない。
「イギリスお前、いつからここにいたの?」
「・・・・・待ち合わせちょうど」
吐き捨てるようなイギリスの答えにあちゃーっと空を仰ぐ。
このカンカン照りの中30分も待たされれば、確かに機嫌の一つも悪くなるだろう。
さてどう謝るか、と考えるそのすぐ横を、ジェラートを片手に楽しげに話すカップルが通り過ぎる。
カップルの出てきた方に目を向ければ、ジェラートの屋台に群がる人の姿が見えた。
「どっか店入ってればよかったのに」
思わずそう言えば、またギッと殺意のこもった目で睨まれる。
反射的にハイスミマセンワタシガワルカッタデス、と謝りそうになったが、イギリスはふっと自分から視線をそらした。
不自然なその行動に、ん?と首をひねると、
「・・・・・財布と携帯忘れた」
ポツリと、小さな声で落とされる声。
イギリスが忘れものキングだということは、長い付き合いの中で十分知っている。
だけど、一番忘れちゃいけないその二つを、しかも両方忘れるのは、なんというかもう、さすがとしか言えない。
その内容にあきれつつ、このくそ暑い中ただただ突っ立っていたわけに納得いった。
財布がないから店に入ることもできず、携帯がないから場所を移動することもできず。
30分、刺すような日差しにさらされて。
「あー・・・イギリス本当ゴメン・・・」
申し訳なさにただただ謝るその横を、またジェラートを持った若い女の子がすれ違った。
イギリスの視線が、一瞬ジェラートを追うように動いたのに気づく。
「ちょっと待ってろ!」
「え・・・?」
短く言い残して、ジェラートの屋台まで走り出す。
ジェラート売りのおっちゃんに、とにかく一番でかいのちょうだい、と頼むと、愛想よくあいよ!という答えが返ってきた。
手渡されたジェラートを片手に、小走りでイギリスの元に戻る。
「ほら」
そう言ってジェラートを差し出すと、イギリスは困惑しつつそれを受け取った。
「とりあえずのお詫び」
溶けるから早く食べなさいね、と付け加える。
実際、おっちゃんが芸術的に盛り付けた特大ジェラートの先端はくにゃりと溶けかかっている。
イギリスもそれに気づいたのか、慌ててジェラートに口をつけた。
ぱくりと一口、それから、口の周りについたのをぺろりとなめて。
「・・・ばっかじゃねぇの、こんなでかいの食べきれねーし」
相変わらずかわいくない憎まれ口も、今回は怒る気にならない。
自分が悪いという負い目もあるし、何より、本人も気づいてないのだろうが、ジェラートを口にした瞬間の顔を見てしまえば本当の気持ちは丸わかりだ。
こいつは本当に、かわいいんだか、かわいくないんだか。
文句をいいつつどんどんジェラートの高さを減らしていくイギリスを横目に、ふぅっとため息をつく。
「うまい?」
夢中になっているイギリスに声をかけると、ほんの少し間をあけて、まあまあ、と短い返事。
それに苦笑いしつつ、あっという間に半分の高さになったジェラートを見て、ふと喉の渇きを覚えた。
言葉に反して、うまそうに食べるイギリスの様子に、ごくりと喉が鳴る。
「俺にも一口」
ちょうだい、とまでは言わずに、上から覆いかぶさるようにイギリスの手元に口を近づけた。
ジェラートまであと数センチ、ぺろりと舌を出した、その時。
「ぎゃああああっ!」
「ぶっ!」
イギリスの悲鳴と一緒に、鼻のあたりにべちょりと冷たい衝撃が走る。
冷たい、甘い、それから痛い!
「ちょっ!鼻に入ったぁっ!」
「お前が驚かすからいけないんだろ!ばかぁっ!」
ジェラートでべたべたになった顔を押さえつつ、抗議の声を上げても、返ってくるのは理不尽な罵倒ばかり。
そんな過剰反応するようなことじゃないだろうに。
ずんずんと怒りにまかせて先に行くイギリスの背中を見ながら、何度目かのため息を吐く。
鼻の頭あたりから、溶けたジェラートがとろりと垂れてくるのを、あーあと思いながら舐め取った。
生暖かい、いろいろなフルーツの混ざったやさしい甘さが、ふわりと口にひろがる。
うん、うまい、と思いながら、ゆっくりと歩き出すと、大分離れた位置からイギリスがこちらの様子をうかがっていた。
気まずそうに振り返るその顔に、思わず笑いそうになる。
素直じゃないイギリスの行動は、わかりにくくて、わかりやすい。
赤く染まった顔は、熱いからばかりじゃないよね、とか。
炎天下の中、帰らないで待っていてくれたのは何で、とか。
うぬぼれてもいいのかな、なんて思うのは、このジェラートと同じくらい甘い考えだろうか?
09/4/20