そして今日もまた
光栄にも皇帝陛下の愛玩動物であるブウサギの世話係を拝命した、俺ガイラルディア・ガラン・ガルディオスの朝は、陛下の自室を訪問することから始まる。
「こぉら、“ルーク”またお前はこんなところに」
ゆっくりと細心の注意を払って開けた扉の影。
壁と扉の間、挟まれるか挟まれないかぎりぎりの隙間で、のんきに丸まっている“ルーク”に向かって声をかける。
変わった性癖をもつこのブウサギは、こちらの気遣いも知らずに愛想良くブヒブヒと鳴いた。
「はいはい、おはよう“ネフリー”」
仲間の鳴き声に誘われるように寄ってきた“ネフリー”の頭をポンッと撫で挨拶をする。
中でも最も飼い主の溺愛を受けているこのブウサギの毛並みは、いつでも艶々と輝いている。
昨日の夜も、主人の愛情こもったブラッシングを受けたのだろう。
「“ジェイド”おまえもあまり“サフィール”をいじめてやるなよ」
基本的に一匹を好む“ジェイド”と、いつでも“ジェイド”に近寄っていく“サフィール”。
我慢の限界を超えた“ジェイド”が、“サフィール”を蹴っ飛ばして泣かせているのはいつものことだ。
どこかで見たような関係だよなあ、と苦笑する。
「おっと、“ゲルダ”。ちょっと待ってくれ、後で遊んでやるからな」
足元に絡むように近寄ってきた“ゲルダ”を踏まないように気をつけながら足を進める。
ついでに床に散らばるシーツやら服やら、果ては何かの書類らしきものまで拾い集めて。
向かう先は、未だ目覚める気配を見せない主の寝台。
「“アスラン”は偉いなあ。いつもいつも主人の傍でじっと待ってて」
寝台のすぐ傍で、主人を守るようにじっと座っている“アスラン”にそう声をかける。
それに比べて、と寝台の上へと視線を戻してみれば、こんもりと人形に浮き上がったシーツから乱れた金髪が少し覗いて見えた。
見慣れた光景にはあっと溜息をついて、すっかり朝の日課となってしまった最後の仕事に取り掛かる。
「おはようございます、陛下」
「……………」
「もうすっかり朝ですよ」
「……………」
「陛下?」
「……………」
明らかな狸寝入りに、無駄とは知りつつもまた陛下、と呼びかけようと口を開く。
けれどそれは、布越しに少しくぐもった、けれどしっかりと響く低い美声に阻まれた。
「名前っていうのはな、ソイツがソイツであるという何よりの証拠なんだ」
「名を呼ばれることによって、自分がここにいることの確信と相手が自分を見てくれているという安心を得る」
「名前を呼ぶという行為は愛情を伝える最も有効な手段というわけだな」
こちらに口を挟む隙を与えず、滔々と語られる言葉。
それは彼がブウサギの世話係という役目を自分に与えた際に、一番最初に言ったことでもある。
だから、それ以来俺の朝は「陛下の部屋を訪れ、ブウサギ全員の名前を呼んでやる(ついでに寝起きの悪い陛下を起こす)」という妙な日課から始まるようになった。
「陛下」
「……………」
言うだけ言って、相変わらず顔も見せずに陛下はまた黙り込む。
毎日毎日寸分違わず繰り返されるこの朝の光景に、陛下も陛下だがそれにつきあう俺もそうとうだよなあ、と深い深い溜息をついた。
きょろきょろと周りを見回して、部屋の中に他に誰もいないことを確かめる。
万が一、誰かに聞きとがめられたりしたら、皇帝への不敬罪ととられても仕方ないのだから。
再度でかかる溜息を飲み込んで、観念したように目をつむったまま陛下の望む言葉を吐き出した。
「ピオニー」
はぁ、と結局でてしまった溜息とともに目を開けると、いつの間にかシーツの海から顔を出した陛下がじっと俺を見上げていた。
いつもいつも文句の一つも言ってやろうと思うのだけれど。
目が合った途端、本当に本当に幸せそうに笑うものだから。
ああ、きっと俺はまた同じ朝を繰り返してしまうんだろうなあ、と、俺は何度目とも知れない溜息をついた。