君のための日
ほとんどの国にとってそうであるように、カナダにとっても自分の誕生日というのは特別な日である。
カナダ・デーと呼ばれるその日は、国を挙げてのお祭り騒ぎ。
街中がメイプルリーフ旗だらけになって、まさに「カナダ!」一色になる。
そんな日を目前に控えたこの時期は、常にのんびりとしたカナダだって、諸々の準備に追われて忙しい。
忙しいのだけれど。
「カナダ!君、聞いてるのかい!?」
「…あーうん、聞いてるよ…」
いつものことながら、何の前触れもなしにやって来た兄弟を前に、カナダは力なく返事を返した。
アメリカが突然カナダの家にやってきたのは、つい先程のことだ。
慌てるカナダを気にせず、アメリカは半ば強引に家の中に入って来た。
カナダの家に、アメリカがやって来るのは珍しいことではない。
いろいろと振り回されることも多いけれど、普段ならば訪問自体は素直に嬉しい。
けれど、今は、いろいろと忙しい時期であって。
「あのね、アメリカ…僕、今いそが…」
「怒ったらお腹すいたんだぞ!」
遠慮がちに言ったカナダの言葉をかき消して、アメリカはさらに「何かお菓子とかないのかい?」と続けた。
伝わらなかった言葉を飲み込んで、代わりに小さくため息をつく。
こうなってしまっては、もう仕方ない。
やる予定だった諸々の準備を諦めて、カナダは席を立った。
常備している菓子を取りに、キッチンへと向かう。
アメリカはたくさん食べるから、もしかしたら家にある菓子を全て食べてしまうかもしれない。
お祭りの本番はまだだというのに、それは困るなあ。
そんな事をぼんやりと考えながら、両手に抱えられるだけの菓子を持って、カナダはアメリカのいるテーブルへと戻る。
どさどさ、とそれをテーブルの上に広げれば、遠慮なしに伸びたアメリカの手が、ポップコーンの大袋をビリッと破いた。
わしわし、と勢いよくアメリカの口の中に消えていくポップコーンを見ながら、カナダはゆっくり元の席へと腰を下ろす。
「で、今日は何の用?」
「ひょうはなふひゃきひゃいけらいのはい?」
「……飲み込んでからでいいよ」
口いっぱいにポップコーンを詰め込んだまま喋られても、何を言ってるのかわからない。
アメリカは、もぐもぐもぐ、と何度か咀嚼を繰り返して、ごくんっと一息に飲み込んでからもう一度口を開いた。
「用がなくちゃ、来ちゃいけないのかい?」
「そんなことはないけど……」
「じゃあ、いいじゃないか」
言葉を濁したカナダに、アメリカはニコッと屈託ない笑顔を作る。
そして、また、次々とポップコーンを口に運んでいくアメリカを見ながら、カナダはもう一度ため息をついた。
用事がなければ来るな、なんてことは言わない。
けれど、わざわざなんでこの時期に、なんて恨みがましく思ってしまうのも本音なわけで。
「……あれ?」
そこまで考えて、何かひっかかるものを感じて、カナダは小さく声を漏らした。
7月を目前に控えたこの時期、自分にとっても何かと忙しない時期だけれど、アメリカにとっても忙しい時期ではないのだろうか。
自分の誕生日から3日後にある、アメリカの誕生日。
世界各国を招いて盛大なパーティーを開くアメリカは、自分以上に忙しいはず。
「そう言えば、今年は誕生日パーティーどうするんだい?」
こんな所にいるくらいだから、今年はやらないのだろうか?と思いながら、カナダは疑問を口にした。
派手なことが大好きなアメリカに限ってそれはないだろう、とも思うのだけれど。
残り少なくなったポップコーンを一つ摘まもうと手を伸ばす。
手に取ったそれを口に運びながら顔を上げたカナダは、視線の先の固まったアメリカの表情に一瞬ぎょっとした。
「……アメリカ……?」
ひどく緊張したその表情に、カナダは戸惑いながら名前を呼ぶ。
それに一瞬ハッとしたように目を見開いて、それから、アメリカは何かを振り切るように笑顔を作って見せた。
「……ぁ、ああ!もちろんやるさ!決まってるだろう!」
強い調子で言うアメリカに、カナダは促されるように、そう、と返した。
先程の様子を誤魔化すように、アメリカは勢いよく言葉を続けていく。
「今年もパァーッと盛大なパーティーにする予定さ!なんて言ったってこの俺の誕生日だからね!」
身長よりも高いケーキを注文したんだぞ!出し物だって今年はすっごいんだ!、アメリカが言葉を重ねる度に、うん、うん、とカナダは頷いた。
「世界中の皆に招待状を送ったんだぞ!日本とか、フランスとか、リトアニアとか、ドイツにイタリアに…それから……」
そこまで言って、アメリカはこれまでの勢いが嘘のように黙り込んだ。
無理やりに作った笑顔が消えて、またさっきと同じように表情が固まる。
今度は、カナダも何も言わなかった。
消えてしまった言葉の先で、アメリカが何を言いたかったのかわかってしまったから。
自分たちの誕生日。
国民皆が祝ってくれる特別な日。
けれど、アメリカと、そして、あの人にとって、それは別の意味を持つ日でもあるから。
「……アメリカ」
ゆっくりとカナダは口を開いた。
呼ぶ声に、アメリカがうつむいていた視線を上げる。
こちらを向いた自分とよく似た顔に、カナダは優しく笑いかけた。
「大丈夫だよ」
そう、きっと大丈夫。
世界中のたくさんの国々が、きっとパーティーに集まって来る。
その中に、あの人がいるかはわからない。
それでも、きっと。
「みんな、祝ってくれるよ」
日本さんも、フランスさんも、それから―――イギリスさんだって。
君が生まれてきたことを、君という存在を、喜ばないはずはないと思うから。
「カナダ……」
穏やかに微笑むカナダに、アメリカは一瞬泣きそうな表情をして、それから、ぶるり、と頭を振るった。
パンッと気合を入れるように自分で自分の頬を叩いて、勢いよく立ちあがる。
「もちろん!そうに決まってるさ!」
なんってたって俺の誕生日だからねっ!
そう言ってポーズを決めたアメリカの顔は、もういつも通りの笑顔だった。
「そのためにも準備をしなくちゃいけないから、俺帰るよ!」
「うん、またね」
来た時と同じくらい唐突に帰っていくアメリカを、カナダは笑って送り出した。
バタバタと慌ただしく駆けていく背中を見送る。
すると、家の敷地を出ようかという所で、アメリカがクルッとこちらを振り向いた。
「そうだ!」
玄関にいるカナダに聞こえるように声を張り上げたアメリカに、カナダは忘れ物でもしたのかな?と首を傾げる。
そんなカナダに、アメリカはニッと笑って。
「君も、誕生日おめでとう!!」
「!」
アメリカのことだから、てっきり忘れていると思っていた。
予想外の言葉に、カナダは驚きを隠せず目を見開く。
その間に、アメリカはひらりと手を振って、また前に向かって走り出した。
「本当に、もう……」
なんとも言えない、けれど、やはり嬉しさの勝った気持ちで、カナダは苦笑を洩らす。
兄弟のように育って、けれど、中身はまったく違って、迷惑をかけられることも多いけれど。
それでも、アメリカのことが憎めないのは、こういう部分があるからなのだと思う。
「お誕生日、おめでとう」
その日の君が、幸せでありますように。
できることなら、どうか、あの人も一緒に。
そう祈るように思いながら、カナダは小さく微笑んだ。
「そう言えば、クマ五郎さん」
「…ナンダ」
「僕、パーティーの招待状もらってないんだけど…」
「確実ニ忘レラレテルナ」
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