きらきらのお星様に耐えられない

どこからか、クリスマスキャロルが聞こえてくる。
かすかに聞こえるその音色に、イギリスはしばし足を止めた。
音を探して耳をすます。
意識を飛ばしていたせいか、すれ違った他人にぶつかり、がくりとよろけた。
慌てて「Sorry!」と詫びるが、相手の返事はない。
軽く舌打ちして、空を仰ぎ見る。
イギリスのもらした吐息が、ふわりと白く浮かんだ。
その向こうに、この地では珍しい、澄み切った満天の星空。
「・・・・・さむ」
美しい空から目をそらすように、マフラーに顔をうずめる。
きらきらきらきら輝く星。
追い立てられるように、イギリスは家路を急いだ。

ぎぃっと、耳障りな音を立てて、扉が開く。
年月を重ねたイギリスの屋敷は、古くそして広い。
人気のない廊下は、外気とあまり変わらず寒かった。
暗いままのそこを、イギリスはかまわず足早に進む。
ようやく居間に辿り着き、ぱちりと明りをつけた。
「ただいま・・・」
ぽつりと零した声が、静かな部屋に小さく響いて消える。
家主が不在だった部屋の空気は、冷たく重い。
このままでは風邪をひくだけ。
コートを脱がないまま、暖炉の前へと急いだ。
未だにイギリスの家では、暖炉が主な暖房器具として活躍している。
近代的な暖房器具もないわけではないが、それでも、やはり冬にはこの暖かな火が恋しい。
寒さでかじかむ手を揉みながら、手早く準備をする。
薪をくべ、懐からマッチを取り出す。
右手に軸を持ち、勢いよく擦ろうとしたその時。
「うわぁあああああああああああああッッ!!!」
「!?」
盛大な悲鳴とともに、何か赤い物体がどすんっと派手な音を立てて落ちてきた。
それと同時に、舞い上がった粉塵がイギリスの顔面に思い切り降りかかる。
「げほっげほっ!!!な、何だ!!?」
煤に喉と目をやられて涙ぐみながら、必死に叫ぶ。
もうもうと立ち込める粉塵の向こうで、落下してきた謎の物体がもそもそと動いた。
「いたたたた・・・」
そう言って、暖炉からのそりと人が這い出してくる。
あちこち煤けてはいるが、全身を包むのはこの時期あちこちで見かけるあの真っ赤な衣装。
ぼんぼりのついた帽子の下からのぞく髪色は、光り輝く金。
相変わらず似合わない眼鏡をかけたこの顔は―――
「ア、アメリカぁッッ!?」
「あ、やぁイギリス!邪魔するよ!」
あまりの事態にすっとんきょうな声をあげたイギリスに対して、アメリカはなんでもないことのように明るく返す。
まるで気安い訪問のような挨拶だが、アメリカが入ってきたのは玄関ではない。
「おま、お前、一体どこから・・・ッ!!」
「え?煙突だけど?」
「煙突って、お前、何を!」
「ていうか君、最近煙突掃除したかい?せっかくの衣装が煤だらけだよ!」
まったくどうしてくれるんだい、とアメリカは不満げに服の汚れを払う。
人の話を聞かない相変わらずな態度に、イギリスはわなわなと唇を震わせた。
「ふざけんな!!どういうことだか説明しろ!!!」
「うるさいなーそんなに怒らないでくれよ」
「これが怒らずにいられるか!!突然煙突から人が落ちてきたんだぞ!!」
「だって、サンタは煙突から入ってくるって決まってるんだからしょうがないじゃないか」
「はぁ!?」
当たり前の事実を言うように、アメリカは自信満々に胸をはった。
今日はクリスマス。
キリストの生誕を祝う聖なる日。
それとはまた別に、サンタクロースという赤い服を着たおじいさんが活躍する日でもある。
トナカイの引くソリに乗ったサンタクロースは、煙突を通って子供たちのもとにプレゼントを届ける・・・・・
「せっかくのクリスマスだから、サンタクロースになろうと思ったはいいんだけどね。俺の家には煙突なんて古くさいものはなくて。でも、君の家ならあるだろうと思って、わざわざ来てあげたってわけさ!」
ハハハハハッと笑って無茶苦茶なことを言うアメリカに、イギリスはとうとう叫ぶことも忘れて呆然とした。
いったい何なんだこいつは、どこをどう間違ったらこんな馬鹿に・・・いや、俺か?俺の育て方が悪かったのか!?
痛む頭を抱えて、イギリスはぶつぶつと独り言を呟く。
アメリカはそんなイギリスの様子を少しも気にせず、暖炉に落ちっぱなしだった白い袋を引きずり出した。
「よいしょっと・・・あーよかった中身は無事だ」
中に入っていた大きな箱を取り出し中身を確認する。
けっこうな高さから落ちたというのに少しも壊れていないそれに、アメリカは満足そうに笑った。
床にへたりこんで悶々と考え込んでいるイギリスに向かって、ずいっと差し出す。
「イギリス!ほら、プレゼントだよ!」
「・・・・・は?」
目の前に出された箱に、イギリスは不思議そうな目を向ける。
きれいに包装された、いかにもプレゼントといった箱。
アメリカが自分に、なんて考えてもみなかった事態にひどく戸惑う。
「早く開けてみてよ!ね!」
「お、おう・・・」
有無を言わさないアメリカの笑顔に、促されるまま箱を受け取る。
しゅるりと遠慮がちに包装をはがしながら、イギリスは何ともいえない気持ちでいた。
アメリカにプレゼントをもらうなど、一体いつぶりだろう。
脳裏に浮かぶのは、自然、まだ幼い小さなアメリカとのクリスマス。
手作りのご馳走と心を込めたプレゼントを贈り、二人で過ごしたあの夜。
もう二度と、あんな夜は来ないと思っていたのに。
喉元まで迫る熱い何かに、紙をはがす手が震える。
アメリカに知られないよう、こみあげる涙を何とかこらえて箱のふたを開けた。
その瞬間。

ぶきょっ!!!

「ぶごっ!!」
顔面を突如襲った痛みに、イギリスは思わず変哲な悲鳴をあげた。
痛い。
ものすごく痛い。
「やったぁ!大成功!」
はしゃぐアメリカの声が、遠い。
一体自分の身に何が起こったのか、理解が追いつかなかった。
手に持った箱の中から飛び出たパンチグローブが、ぼいんぼいんとゆれている。
その向こうで腹を抱えて笑うアメリカが、呆然とするイギリスに向かって指を差していた。
「はははははっイギリス!君最高だよ!」
「アメリカ・・・お前・・・!」
「俺の誕生日のお返しだぞ!」
だんだんと、イギリスに思考力が戻ってくる。
見覚えのあるパンチグローブ。
心底嬉しそうなアメリカの台詞。
つまりは、誕生日にイギリスが贈ったプレゼントの仕返しということか。
「・・・・・いってぇ・・・・・」
納得した途端、存在を主張しだす痛みにイギリスは顔を覆ってしゃがみこんだ。
単なるおもちゃ、単なる悪ふざけ。
それなのにこの痛さはなんだ。
喉をふさがれたように苦しく、眼球の奥が燃えるように熱い。
おかしい、殴られたのは顔だけのはずなのに。
胸が痛い。
痛くて痛くて死んでしまいそうだ。
「ふ・・・っく・・・」
こらえきれなかった嗚咽が、イギリスの口から漏れる。
ぼろりぼろりと大粒の涙がとめどなくあふれた。
「イギリス・・・?」
驚いたようなアメリカの声。
珍しい声音に一体どんな顔をしているのか気になっても、今のイギリスは漏れ出る嗚咽をかみ殺し、涙を隠すことに必死で、確認することはできない。
気配だけで、アメリカが自分に一歩一歩近づいているのを感じた。
目の前で立ち止まった気配は、ゆっくりとイギリスに触れた。
びくりと震えて後ずさろうとした身体を、ぐっと引っ張って顔を上げさせてしまう。
「うー・・・!」
「まったく君ってやつは・・・」
アメリカが無理やりイギリスの手をのけたせいで、涙でぐちゃぐちゃになった顔をさらに歪ませた顔があらわになる。
ぼろぼろなその様子はひどく滑稽ではあったけれど、アメリカはイギリスにただ愛しむように微笑んだ。
子供をあやすように、頭や身体をなで、瞼や頬にキスを落とす。
頭のどこかで、こんなことをされるのはおかしいと思いながらも、イギリスはただその心地よさに身をゆだねた。
「ん・・・っ」
瞼をついばむようないたずらな口付けに、閉じられていたイギリスの瞳が開く。
水の膜で歪んだ視界のすぐ近く、きらきらと光る金と青。
アメリカが今まで見たこともないほど、優しい笑顔でイギリスに言う。
「寂しい時は寂しいって言えばいいんだよ」
「いっ、いえ、るかっ!ばかぁー!」
しゃっくりを繰り返しながら、それでも真っ赤になってイギリスは叫ぶ。
寂しいなんて、言えるものか。
他の誰にも、ましてやアメリカには絶対に。
イギリスは必死にふるふると頭を振って否定の意を示す。
「まったく強情なんだから」
ふぅっとまるでだだっこの相手をしているかのように、アメリカはため息をついた。
ぎゅうと抱きしめられたまま後ろ頭をぽんぽんと叩かれて、イギリスはなんとかそこから抜け出そうと暴れだす。
けれど、アメリカの怪力の前にはなすすべもなく。
「仕返しってのも本当だけどね」
がっちりと掴まれたまま耳元に囁かれる。
「君とこの日を過ごしたいと思ったのも、本当だよ」
「・・・・・!」
瞬間びくりと震えたイギリスの身体の拘束を、アメリカはほんの少し緩めた。
お互いの視線が絡み合う距離で、見つめあう。
「メリークリスマス、イギリス」
無邪気で明るい、けれど以前に比べて驚くほどに大人びた笑顔。
いつの間にこんな表情をするようになったのか、と不思議に思いながら、イギリスはまぶしげに目を細めた。
きらきらまばゆく輝く光。
一度は失ったそれを、望まないようにすることで、何とか生きてきた。
そうしなければ、寂しさに耐えられなかったから。
だけど。
おずおずと垂れたままだったイギリスの手がアメリカの身体に回される。
アメリカはそれに驚きながらも、けして拒否することなどせず、むしろイギリスを抱く腕にさらに力を込めた。
その力に後押しされるように、イギリスは背伸びをしてアメリカの耳元へ口を寄せる。
小さな小さな、けれど確かな声で、イギリスは囁いた。
「・・・メリークリスマス、アメリカ・・・」


07/12/25
沁々三十題.02 お題配布元/群青三メートル手前