mission complete?

「あーーーっっもうっ!どうして出てこないのよ!!!」
砂漠に程近いオアシス。
灼熱地獄の砂漠と比べてこちらは格段に涼しい。
時折吹く風にはどこか砂っぽさが残るものの、水と生い茂る草木のおかげで良好な環境ではある。
けれど、そんな中でギルカタールのプリンセスは怒りの叫びを上げていた。
「プリンセス・アイリーン、そんなにイライラしたところで仕方ありませんよ」
立ったまま頭を掻き毟るアイリーンに、木陰に座った赤毛の男が興味なさげに声をかける。
その声音に、アイリーンはぐるりと勢いよくそちらを睨んだ。
「そうは言うけどね、カーティス!!もう五日なのよ!!五日!!あと一匹で依頼完了なのに〜ッ!!」
そう言って、また頭を掻き毟る。
アイリーンが王との取引を始めてしばらく経つ。
戦闘にも慣れ、依頼も着実にこなしてきた。
しかし、今回のモンスター退治はあと一匹というところで難航していた。
「なんで出てこないのよ!!殺人鬼ーーー!!」
ぐしゃぐしゃになった頭のままオアシスの奥に向かって叫ぶ。
依頼は「殺人鬼を三匹退治してほしい」というもの。
二匹までは楽勝に遭遇できたのだが、あと一匹というところになってなかなか出会えずにいた。
「今のあなたの方がよっぽど殺人鬼らしいですけどねぇ」
「な、なんですってぇ!」
確かに、目を血走らせて獲物を探す彼女は鬼気迫るものがあった。
自分の言った言葉に笑い続けるカーティスに、アイリーンは怒りのあまりブルブル震える。
そして、ぷちんと彼女の中で何かが切れた。
「…カーティス、あんたって暗殺者だったわよね」
「ははっ、はい?ふっ、その通りですけど?」
「しかも暗殺者ギルドをまとめるギルドマスター。希代の天才と言われる程超有能なのよね」
「え、えぇ」
「今まで殺してきた人の数も数え切れないに決まってるわよね」
「……プ、プリンセス?」
「見つけたわ、最後の一匹」
にっこりとアイリーンは極上の笑顔を作る。
しかし、その目は決して笑っていない。
「覚悟!」
「ちょっ!プリンセス!?落ち着いてくださいって!」
どこかにイッた目をしたままアイリーンは、捕縛アイテムやら王妃のお弁当やらを手当たりしだいに投げまくる。
慌てたような声を出しながらも、カーティスは余裕でそれらを避けていった。
それがまたアイリーンの神経を逆なでするようで。
「大人しく捕まりなさい!」
「そうは言ってもですねぇ」
ひょいひょいと飛んでくるアイテムを避けながら、カーティスは思案する。
そして、いたずらを思いついたような顔をして言った。
「捕まってもいいんですよ?」
「え?」
唐突な提案にアイリーンの動きが止まる。
その隙を逃さず暗殺者らしい素早い動きで、カーティスはアイリーンの身体をしっかりと抱き込んだ。
「きゃっ」
アイリーンの顔を両手で押さえて上向かせる。
唇が触れるか触れないかぎりぎりまで近づけて、射抜くように見つめたまま囁いた。
「あなたに捕らわれるのなら、悪くない」
「あ、あんた…」
ぼっと頬を染めて、アイリーンは二の句が告げなくなる。
けれど、彼女は普通の女じゃない。
きっとやり返してくるだろう。
胸中でそう期待しながらにこにこと笑みを浮かべるカーティスだったが、その期待は残念ながら果たされなかった。
「あーーーーっっ!!」
突然の叫び声。
触れ合うほど近くにいたカーティスには当然それは凶器も同然で。
「〜〜〜っっ!プリンセス!?」
「見つけた!!殺人鬼!!」
ばっと身を翻す彼女の向かう先にいるのは、確かに探し続けたモンスターで。
「ほらっ!行くわよカーティス!」
先ほどまでの空気はどこへやら、アイリーンは目をイキイキと輝かせて言う。
「はいはい。かしこまりましたプリンセス」
はぁ、と溜息をつきながらも、言われたとおり後を追う。
「普通」になりたいなんていう変わり者で、それでいて誰よりもギルカタールらしいプリンセス。
こうして同行していることは嫌々だったはずなのに、今では楽しいと思ってしまう。
「僕はもうあなたに捕まっているようなものなのに」
けしてアイリーンには聞こえない声でひっそりと囁く。

(むしろ、あなたを捕らえて離したくないなんて言ったらどうします?)

こちらを呼ぶアイリーンに心の中でそう尋ねて、カーティスはゆっくりと彼女の元へ向かった。



06/12/7