近くて遠い人、それがあなた
光の王都、バチカル。
仰ぎ見た空の向こう、天高くそびえる建物は慣れ親しんだ城。
あの場所で、キムラスカの姫として、たくさんの者にかしづかれて育った。
常に人の目にさらされているのは、王家の者として当たり前のこと。
それはよく理解しているはずなのに、どうしてか、何か考え事がある時、私は一人になれる場所を探す癖があった。
今も、仲間たちはきっとあの城の中で休息をとっているところだろう。
ぼんやりと彼らのいるだろう場所を眺めながら、私は一人、港に臨む人通りの少ない道にいた。
ザァン…と寄せては返す波の音がどこか遠く響く。
単調なその音に誘われて、過去の場面が浮かんでは沈んだ。
大地の崩落、戦争、預言、自らの出自。
そして、なによりも、
「―“ルーク”」
ゆっくりとその名を口に乗せてみる。
私はいったい誰を呼んでいるのだろう。
「“ルーク”」
赤い髪の少年は言った。
共に世界を変えよう、と。
「“ルーク”」
赤い髪の少年は言った。
俺は変わりたい、と。
「ルー」
「なんだ、ナタリア」
「!」
後ろからかかった声に思わずびくりと身体を竦ませてしまった。
振り返ると、すぐ近くに肩を叩こうとしたのか手を空中に止めたままのルークがいた。
不自然な驚き方だったのだろう、少し怪訝な表情をしている。
「えっと、その、驚かせて悪かった、な?」
黙ったままのこちらに気まずくなったのか、ルークは頭を掻いて謝った。
「みんなでこれからのこと相談しようと思ったら、おまえがいないことに気づいてさ。みんなで探してたんだぜ……どうかしたのか?」
どこか不器用な、けれど心配しているのだと確実にわかる言葉。
まっすぐにこちらを見つめる瞳も、かつてのものとはまるで違っていて。
「…あなたは、変わりましたわね」
「え?」
「あなたも、私も、そして世界でさえも」
「……」
「本当に、変わりましたわ…」
「そうだな…」
ザァン…と波の音がする。
寄せては返す記憶はとても鮮やかだけれども、それはどこか近くて遠い。
「ルーク」
「なんだ、よ…ってナタリアっ!?」
素っ頓狂な声をあげるルークに構わず、その手に自分の手を重ねた。
慌ててひっこめようとする力を、こちらからも引っ張ってその手をギュッと握ってしまう。
そのあたたかさが、今、彼がここにいると、確かに証明してくれているようで。
「ルーク」
「へっ!?な、なんだよ!?」
「私は“ルーク”の幼馴染で本当によかったと思いますわ」
そう言って、にっこりと笑った。
ルークは顔を赤く染めながら、訳が分からないという表情をしている。
それを見て今度は声をだして笑い出してしまった。
「……おまえ、今日なんか変だぞ」
「ふふっ、ええ、今日は私おかしいのです。いえ、おかしかった、かしら」
「?」
夢を語り共に未来を見た少年も、手のかかる弟のような少年も、どちらも私にとっては“ルーク”であることは変わりない。
二人とも、共に時を過ごした、私の大切な幼馴染。
「ほらっ、行きますわよ!ルーク!」
「え、おわっ!?ひっぱるなって!ナタリア!!」
繋いだ手を引っ張って、海へと背を向け歩き出す。
いつか、そう、いつか。
この空いた片手にもう一人、手を繋ぐことができたらいい。
そんな近くて遠い未来を、夢みながら。
あなたとふたり、埋もれる世界のための五つの絆/お題配布元:遙彼方