夕陽に照らされる浜辺に海鳴りの音が響く。
近く、遠く、繰り返し、繰り返しする波音。
規則的なその音を除けば、浜辺に人気は無くただただ静か。
手持ち無沙汰にルークは、足元の渇いた砂を爪先で掘り返していた。
ルークは、ただ一人でこの浜辺に立っているわけではない。
ちらり、と横に視線をやれば、上向いた視線の先に端正なジェイドの顔があった。
いつものように軍服のポケットに片手を突っ込んでただ海を見つめるジェイドの横顔は、夕陽に照らされ赤く染まって見える。
眼鏡の奥の赤い瞳も、今日は一段と赤く透き通って見えた。
ルークはあまり言葉を知らない。
だから、夕陽に染まったジェイドの瞳を見て感じた、なんとも言えない衝動をうまく表現することができなかった。
きれいでうつくしくて、なぜか、泣きそうになる。
喉に詰まるような不思議な苦しさを感じながら、ルークはじっとジェイドの横顔を見つめた。
と、まっすぐに前を向いていたジェイドの視線がふっとルークに向く。
「夕陽が、きれいですね」
誰がいるわけでもないのに常より抑えられた低い声音に、ルークの胸は少し高鳴った。
そんなルークにジェイドはふっと笑いかけながら言葉を続ける。
「あなたの色です」
ゆっくりとした動作でジェイドの手がルークの髪に触れる。
髪から頬へ大きな手が滑っていくのを、ルークは動かずに受け入れる。
「違うよ」
ジェイドは軽く小首をかしげて、ルークの言葉の続きを待つ。
トクトクと脈打つ自分の鼓動をまるで別の生き物のようだと思いながら、ルークは言った。
「ジェイドの色だ」
手を伸ばしてジェイドの顔に触れる。
夕陽に染まった顔が、一瞬呆けたのを見た。
そして、そのまま強く抱き寄せられる。
聞こえるのは寄せては返す波の音と、お互いの鼓動の音。
閉じた瞼に残る赤の残像と溶け合う体温が、ひどく心地よかった。
「……あいつら、俺たちの存在まったく忘れてないか?」
「はぁ、完璧に忘れてるでしょうねぇ……」
ルークとジェイドが二人の世界を作っている浜辺の少々後方。
憮然とした顔をした皇帝と苦笑いを浮かべた元使用人が、そろってその様子を眺めていた。
「これじゃあ意味がないじゃないか!つまらん!」
「だから言ったじゃないですか、陛下ぁ。あいつらにはこんなの罰ゲームになりませんよって」
ことの始まりは、数時間前。
どこからか下世話な知識を手に入れてきたピオニーの、この一言から始まった。
『よしお前ら!王様ゲームするぞ!』
『『『はぁ?』』』
たまたまその場に居合わせてしまった(このメンバーだったからこそ言い出したのかもしれないが)他三名は見事なまでに唱和した。
いやわざわざそんなことしなくてもあなた王様でしょ?という冷静なツッコミは、ノリノリな皇帝陛下を止める障害にはなりえなかった。
そうしてゲームは半ば強引に始められたわけだが、やはりと言うべきか流石と言うべきか、現役の皇帝陛下はやたらめったら運が強く、何度と無く王様を引き当てた。
その次に運がいいのはやはりジェイドで、ピオニーの考えるろくでもない罰ゲーム(マクガヴァン元元帥の髭は何センチあるのか調べにわざわざアルビオールでセントビナーまで行く等)の被害者は主にルークとガイだった。
そして、何度目かのくじ引き。
そろそろ王様役に飽きてきたピオニーが適当に言った罰ゲーム。
「夕陽の沈む浜辺でラブラブバカップルごっこ」
運が尽きたのか、今回は珍しくジェイドが指名を受けた。
しかし、同じく指名を受けたのが正真正銘恋人であるルークだったのを考えると、やはりジェイドはとてつもなく運がいいのかもしれない。
サムイ寸劇になるはずだった罰ゲームは何故か昼メロ調になり、当の二人はお互い以外見えていない。
残された側としては非常におもしろくない結果だった。
「うぅ〜っガイラルディア!城に帰るぞ!」
「え、ルーク達はいいんですか?」
「知らん!放っておけ!」
そうこう言っている間にも、ご機嫌を損ねた皇帝陛下はずんずんと歩いていく。
いまだ二人の世界に入り込んでいるバカップルを振り返りながら、ガイも慌てて後を追った。
「興がそがれたな。城でやり直すぞ!」
「って、まだやる気ですか!?しかも、俺しかいませんけど!?」
「お前がいれば十分だ。それとも、もう俺の相手は嫌か?」
やっとで追いついたガイの隣に立ち、ピオニーは確信犯的な笑みで言った。
その笑顔にガイは一瞬息につまり、それからもはやいつものこととなった深い深い溜息をついて。
「……御意のままに」
何度も口にしたセリフを、また呟いたのだった。